魔戦姫伝説(アンジェラ外伝)初代アンジェラ編・ノクターンの伝説(1)


  第2話 戦女神アンジェラの初陣
原作者えのきさん

 
 武神一族の城に戻った私は、休む間もなく戦いの準備を始めました。キャミソール姿の
私に、侍女達が恭しく戦装束と純白の鎧を着せてくれます。
 「姫さま、鎧の紐はきつくないですか?もう少し緩めたほうがよろしいかと。」
 「ええ、大丈夫ですわ。少々きつめの方が気も引き締まりますからね。」
 笑顔で答えた私でしたが、この戦いは私にとって初陣であり、初めて着る戦装束の重さ
に責務の重大さを感じておりました。
 鏡に映る私の姿・・・戦いの鎧と、それに不釣り合いなか弱い姫君の身体・・・
 鎧は、姫君の美しさを損なわないようデザインされたもので、鎧と言うより(戦闘用ド
レス)と言った方がよいでしょう。
 しかし、いくら美しくとも戦うための装束なのは否めません。
 細い手を覆うガントレットには鉄板が組み込まれており、指を動かすとカチャカチャ無
機質な音が響きます。
 冷たい鉄の響きは、(敵を倒せ)と囁いているかのように聞こえました。
 深く溜め息をつく私の髪を、侍女の1人が櫛で解いてくれました。
 「髪が乱れてますわよ姫様。このお美しい御髪を見れば、きっと魔族どもも眼を奪われ
てしまう事でしょう。」
 「ありがとうメリル、でも魔族に喜ばれてもうれしくはないわよぉ。」
 少しおどけた口調で私は返答しました。
 腰まで伸びたブロンドの美しい髪・・・母上譲りのこの髪は私の自慢でした。
 自慢の髪に似合うドレスを着て、愛しの殿方とダンスを踊りたい・・・少女じみた私の
願いも、今は叶える暇はありません。
 戦いに長い髪は不要です、気を取り直して自慢の髪を結い上げ、そして父から賜った剣
を手にして、私は衣装部屋を出ました。
 外では、家臣と数十名の兵士が待っており、父の留守を預かる家老のラムゼクスが快く
迎えてくれました。
 「おお、姫様。さすがは武神の姫君であります。その美しさは後々の語り種となりまし
ょうぞ。」
 気のいい褒め言葉をかけてくれる老兵ラムゼクス・・・彼は父の忠実な部下であり、古
くから一族を支えてくれた家老でありました。
 不在がちな父に代わり、私の世話をしてくれた彼は、まさに第二の父と呼ぶべき存在な
のです。彼の褒め言葉は私の緊張を和らげてくれました。
 「あなたに褒めてもらうのが一番うれしいわ。戦装束は初めてだけど・・・似合う?」
 「もちろん似合ってますとも。それと此度の戦ですが、魔族の殲滅は簡単なものです、
姫様は魔族に名乗りをあげて頂くだけでよろしいですぞ。」
 あまりの簡単な事に、私は呆気にとられてしまいました。今までの緊張はなんだったの?
と、思わず言いそうになったほどです。
 「そ、それだけで良いのですか?名乗りをあげると言っても・・・私みたいな姫君では
侮られてしまうのでは・・・」
 「いいえ、魔族は神族を恐れております。それに姫様は誉れ高き武神の姫君、凛々しき
姫様の名乗りを聞けば、たちどころに魔族は逃げ出しましょう。なぁに、戦いは我らにお
任せあれ。わっはっは☆」
 「まあ、頼もしいですわ。」
 豪快に笑うラムゼクスを見て、私は一安心しました。
 そして振り返ったラムゼクスは、兵の1人に声をかけます。
 「ウィルゲイト、姫様に状況の報告をせいっ。」
 それに答える家臣は若き参謀で、メガネをかけた細面の顔から、冷徹なる知性が醸しだ
される頭脳派の男です。
 「報告します。ノクターンに現れた魔族ですが、首都フォルテにて75人確認されまし
た。いずれも戦闘レベルの低いモンスターの類であります。我らの戦力で殲滅は十分可能
です。」
 参謀ウィルゲイトの報告を聞き、さらに安心を高める私でした。
 「それは良い事です。でも油断は禁物ですわ、魔族は我らの敵。どんな手を使ってくる
かわかりませんわよ。気を引き締めて行きましょうっ!!」
 皆の気持ちを高めようとしたのですが、急にウィルゲイトが怪訝な顔で私に尋ねてきま
した。
 「姫様、兜をお忘れではないですか。」
 頭に手を当てた私は初めて気がつきました。緊張のあまり、迂闊にも兜をかぶるのを忘
れていたのです。
 「ま、まあ・・・私とした事が・・・ええっと、私の兜は・・・」
 慌てて兜を探そうとした私の耳に、素っ頓狂な声が飛び込んできました。
 「ひめさま〜っ!!ミルミルも連れてってくださいです〜っ!!」
 振り返ると、パタパタと羽音を響かせて1人の妖精が私に向って飛んで来るのが見えま
す。
 「み、ミルミルッ。ついて来ちゃダメだって言ったのに・・・」
 背中に蝶の羽をもつ、小さくて可愛い妖精・・・彼女は、私の友達であるミルミルです。
 妖精が友達・・・変に思われるかもしれませんが、私とミルミルは強い絆で結ばれた大
親友なんです。
 私は幼い頃から友達がいませんでした。
 武神の一族は、幼年の頃から厳しい戦いの修行を行わねばならず、私と同年代の子達は
皆、家督を継ぐべく修行に明け暮れていたので、誰も友達になってはくれなかったのです。
 姫君という地位ゆえ心からの親友を作るのは難しく、二代目アンジェラを継いだアリエ
ル姫が、侍女のマリーを親友として迎えた気持ちがよくわかります。
 幼い頃、城の大きな庭で独り遊んでいた私は、仲間からはぐれた傷だらけの妖精の子を
見つけ、自分の部屋に連れ帰って寝ずの看病をしました。
 ケガの治った妖精の子は、私の大親友になってくれました。それがこのミルミルなんで
す・・・
 私の胸に縋ったミルミルは、大声で泣きだしました。
 「わぁ〜んっ、ミルミルを置いてきぼりにするなんてヒドイです〜。ミルミルも戦いに
行くです〜っ。」
 いつも一緒だったこの子・・・遊ぶ時も、食事も、お風呂も、寝る時も・・・
 引っつき虫のように私から離れないミルミルでしたが、今回ばかりは戦いに同行させら
れませんでした。
 「ごめんなさいミルミル。でもね、私は悪い魔族と戦わねばならないの、危険な事よ・・
・怖い魔族に捕まったら、あなたは食べられてしまうわ。お願いだから聞き分けてちょう
だい。」
 「ヤです、ヤです〜っ。姫さまと一緒でなきゃヤですぅ〜っ。」
 駄々っ子のように泣きじゃくるミルミルに、私は困り果ててしまいました。
 それを見ていたウィルゲイトが、冷静な声をかけてきます。
 「出立まで時間がございません。兜は別の物を用意致しましょうか?」
 「・・・そうですわね、じゃあ新しい兜をお願い。」
 すると、兜をかぶっていない事に気付いたミルミルが泣き止んで言いました。
 「兜がないですか?だったらミルミルに任せるですっ。」
 胸をポンとたたいたミルミル、その場でコマのように回転を始めました。
 「ミルミルへ〜んしんっ、ヤッ!!」
 ポワンと煙があがり・・・ミルミルは可愛いデザインのハーフヘルメットに変身したの
です。
 彼女のただ一つの特技・・・それがこの変身術なんです。
 私の頭に装着されたハーフヘルメットは、まさにジャストフィット。私のサイズを知り
尽くしてるミルミルにしかできない妙技でありました。
 それを、ラムゼクスが感心して頷いています。
 「ほう・・・ミルミルの変身術も、たまには役にたつんですなあ。」
 (ラムおじさんひどーい、たまはよけいです〜(`´)。)
 さほど大きくないサイズの物なら、どんな物にも変身できますが・・・ただ、オリジナ
ルの能力には遠く及びません。
 ヘルメットとしての防御力は期待できませんが、それでもミルミルの気持ちだけで心が
安らぎました。
 準備も整い、武神一族の旗を手にした私は皆に向き直りました。
 「さあ参りましょう、ノクターン王国へっ!!民を苦しめる魔族達を追い払うのですっ!
!」
 おおっと鬨の声をあげ、私達は出陣を致しました。
 背中から神族の象徴である白い翼を出現させ、天空へと舞い上がります。
 向う先は、人間界のノクターン王国!!
 そして覇気も高らかに、ラムゼクスが兵達に檄を飛ばしました。
 「皆の者っ、姫様に続け〜っ!!我ら武神一族に勝利あれーっ!!アンジェラ姫様に栄
光あれーっ!!」
 「姫様と一族に勝利あれっ!!栄光あれーっ!!」
 白い翼をはためかせ、天空を駆ける勇ましき神族の兵団。地上から眺め見れば、それは
壮観でありましょう。
 敵の数は75人。勝利は確実と私達は思っていました・・・が。
 私もラムゼクスも、そして兵達も・・・理解していませんでした。魔族の本当の恐ろし
さを・・・
 そして殿から私達を見ていたウィルゲイトが、メガネを指でクイッと押し上げ呟きまし
た。
 「・・・私は、確認された魔族は75人と言っただけですよ。そう・・・確認された奴
だけは、ね・・・フフフ・・・」
 彼の顔に、意味ありげな薄笑いが浮かんでいる事に・・・私達は全く気付いていません
でした・・・


 To・Be・Continued・・・


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