魔戦姫伝説/魔戦姫の休日(後編)3


       最高の宴と、ガリュウの想い
ムーンライズ

 ドワーフ達のイジメが続くその頃、村に招待されていた魔戦姫達は村人の手厚いもてな
しに喜んでいた。
 村人は皆優しく、穏やかで健全な人々であった。
 仲間の漁師親子を助けてくれた事、恐ろしい襲撃者を撃退してくれた事も含め、魔戦姫
と侍女達に多大なる感謝を示したのである。
 時は昼間の鮫人襲撃事件から、すでに数時間以上経っており、空には満天の星が瞬いて
いる。
 村の広場に据えられたテーブルに、湖で採れた魚や森で採れた食物が並べられ、魔戦姫
達は最高のディナーを満喫している。
 口いっぱいに食物を頬張った天鳳姫に、村人達は次々とご馳走を勧める。
 「やあ、良い食べっぷりですねー。ささ、これも如何ですか?」
 「モグモグ・・・頂きますアルよ。んん〜っ、オイシイのコトね〜。」
 ご馳走に喜んでいるのは天鳳姫だけではない。一同、歓迎の宴を満喫していた。
 侍女達が、ご馳走を作ってくれた村のオバさんに料理の作り方などを聞いている。
 「この魚のマリネ、どーやって作りましたの?教えて欲しいですの。」
 「これは鮮度が命なのよ。ソースにこの材料を使って・・・」
 「なるほど、なるほどですわ。」
 そしてレシフェとスノウホワイトに酒を勧めている村人。
 「この酒は鬼の雫って言いまして、この辺じゃとても有名なんですよ。まあ、一献。」
 「ありがとうございますわ・・・では。」
 ペコリと一礼したスノウホワイトが、ショットグラスの酒を飲み干す。
 「まあ・・・まろやかで美味しいですわ・・・これは麦を蒸留したものですね?」
 「ええ、そうです。良くご存知ですね。」
 「・・・私のおじい様が好きなお酒でしたから・・・」
 (人間界で言う焼酎かウォッカ?)
 始めて飲む鬼の酒に、少し戸惑い気味のレシフェがショットグラスの酒を少しだけ飲ん
だ。すると・・・
 「んんっ!?とってもキツイですわよ、これっ!?」
 度数60%の強烈な酒に目を丸くするレシフェ。しかもその超強い酒を、スノウホワイ
トはジュースでも飲むかのように平然と飲んでいるのである。
 「いける口ですね〜、もう一杯どうぞ。」
 「はい、頂きますわ、では・・・」
 その様子を、ボーゼンと見ているレシフェ。
 「う〜ん・・・スノウホワイトってば、侮り難いわね〜。」
 意外な酒豪(?)であったスノウホワイトに、感心しているのであった。
 宴もたけなわとなっている最中、少し酒に酔ったミスティーアが宴から離れて酔いを醒
ましていると、グラスを片手にガリュウが歩み寄ってきた。
 「よっ、楽しんでるかい?」
 明るい声に振り返ったミスティーアは、ニッコリと微笑み返す。
 「ええ、とっても良い思い出になりますわ。こんなに楽しんだのは・・・久しぶりです
もの。」
 ミスティーアの笑顔に、ガリュウも喜んだ。
 「久しぶりに楽しめた、か・・・それはよかった。そう言えば、君の名前を聞いてなか
ったな。バタバタしてたから聞く暇も無かったしね。」
 「あ、その、私の名前はミスティーアです。遅れ馳せながら・・・」
 「ミスティーアか、良い名前だね。お姫様らしいカワイイ名前だ。」
 突然の歯の浮くようなセリフに、ミスティーアは目を点にした。
 スケコマシのサン・ジェルマン伯爵ならまだしも、鬼の戦士たるガリュウには似合わな
いセリフだったからだ。
 「あ、あの〜。カワイイって言いました?」
 「言ったけど・・・可笑しいかな?俺がそんな事言ったら。」
 「い、いえっ。嬉しいですわよ、可笑しいだなんて・・・」
 笑い合う2人。始めて出会った時は互いの正体を知らず、警戒しあった事が可笑しく感
じられた。
 笑い合う事により、お互いの心の垣根が消え去って行く。
 そしてガリュウがミスティーアに謝る。
 「さっきは怒鳴って悪かったよ。君が突然素っ裸で現れたから驚いてさ。本当にすまな
い。」
 彼の陳謝する謙虚な態度に、裸を見られた事も忘れてにこやかに微笑むミスティーアだ
った。
 「いいえ、あれは私の方が謝らなければなりませんわよ。勝手に領地に入ってきたんで
すもの、ゴメンナサイね。」
 「ああ、いいって。気にするなよ。」
 そう言うミスティーアを見つめるガリュウの目が、どこか寂しげになった。
 そして、少しだけグラスの酒を飲んだガリュウが夜空を見つめながら尋ねる。
 「・・・こんな事を聞くのは悪いかもしれないけど、悪党相手の生活は辛くないか?」
 その言葉に、ミスティーアは少し驚いた顔をする。
 「辛くないって言えば、嘘になりますけど・・・どうしてそんな事を。」
 「戦うってのは男のやる仕事だ。そんな辛い事を女の君達が、ましてや姫君がやるのは
どうかな、って思ってさ。」
 ガリュウは、魔戦姫が女の身でありながら悪と戦っている事を心配しているのだった。
 僅かな沈黙の後、ミスティーアは答える。
 「お姫様が戦うだなんて馬鹿げてると思うでしょうけど・・・女でなければ理解できな
い苦しみもあります。女の子の大切なものを奪われた苦しみを、私達は理解していますわ。
だから・・・奪われる苦しみから女の子を救いたい。だから・・・戦ってるんです。」
 何のためらいも無く語るミスティーアの姿に、全てを奪われた姫君の悲しみを察するガ
リュウ。
 そして、全てを奪われながらも罪無き弱者を守らんとする、魔戦姫の正義を知るのであ
った・・・
 それは余りにも悲しく、そして辛い事実である。
 「奪われる事の悲しみか・・・無神経な野郎に理解できない悲しみだよな。」
 ポツリと呟いたガリュウは、急にこんな事を言い出した。
 「でも、もしもだよ。もし・・・君達に代わって戦ってやるっていう男が現れたらどう
する?戦わなくてもいいから、全ての苦しみから守ってやるから自分の傍にいてくれ、っ
て言う奴が現れたどうするんだ?その想いを振り切ってでも戦うのかい。」
 「えっ・・・?」
 その質問に、返答を戸惑うミスティーア。
 古風なフェミニストであるガリュウは、女は男に守ってもらい、幸せに生きるのが一番
だと思っている。
 そんなガリュウの考えはミスティーアもわかる。
 でも・・・
 「私達は、女の幸せを捨てた身ですから・・・守ってくださる殿方が現れても、その想
いに応える事はできませんわ・・・」
 寂しそうに、そして悲しい微笑を浮べるミスティーア。しかしその目には希望があった。
 「でも辛くはありません、志を共にする強く優しい仲間がいますから。」
 彼女の視線の先には、村人と楽しく語らう仲間の姿がある。彼女達もミスティーアと同
じ意見であろう。
 仲間と言う言葉を聞いて、同性ではなく異性での大切な存在はいないのかと思ったガリ
ュウは、もう一度ミスティーアに尋ねた。
 「惚れてる男とかはいるのかい?魔界でなくても、人間界とかで・・・あ、別に深く考
える事はないぜ、秘密だったら言わなくていいしさ。」
 ちょっと焦ったような口調で尋ねるガリュウに、ミスティーアはクスッと笑った。
 鮫人を撃破した勇ましい武人が、純情な少年のように振舞う様が可笑しかったのだ。
 「顔が赤いですわよ、ガリュウさん。」
 「いや、あの・・・笑わなくてもいーじゃねーか。」
 「ウフフッ。」
 笑いながらミスティーアは答える。
 「いますわよ、好きな殿方が。剣の修行に励んでいる、たくましくて優しい殿方ですわ。
」
 ミスティーアが言う殿方とは・・・兄、アドニスの事だった。
 ミスティーアが去った後、虚弱体質でありながら、強い男になりたいと剣術の修行に励
んでいるアドニスを(好きな殿方)として言ったのだった。
 無論、ガリュウがアドニスの事を知る由は無い。でもミスティーアが言っている殿方が
身内であろう事はガリュウにもわかった。
 そして、少しだけ諦めたような表情を浮べ、ニッコリと笑った。
 「好きな殿方か・・・羨ましいね、その殿方が・・・」
 小声で呟くガリュウの言葉を聞き取れなかったミスティーアが尋ねる。
 「あの、何か仰いました?」
 「いや、なんでもないよ・・・」
 笑ってごまかすガリュウを見て、彼の心中を垣間見るミスティーアであった。
 「ガリュウさん、その。」
 ミスティーアが口を開いたその時である。
 「みひゅてぃ〜あひゃ〜んっ。こんなトコでなーにしてるにょコトれすか〜?ヒック。」
 千鳥足の天鳳姫がグラス片手に歩いて来たのだった。
 陽気に酔っ払う姿に、呆れた顔をするミスティーア。
 「天鳳姫さん、チョット飲み過ぎじゃありませんかぁ?」
 「なーに言っへるアルか〜。これくらひ、飲んらうちにはいらにゃいって・・・んん〜?
」
 ミスティーアの横に座っているガリュウを見て、天鳳姫はニコ〜と笑う。
 「な〜るほろ、あなた達はそーゆー仲だったアルか〜?ワタシはお邪魔のコトね〜?ん
じゃ、ごゆっくり〜。」
 酩酊状態の天鳳姫に肩を叩かれ、顔を真っ赤にするガリュウとミスティーア。
 「あ、あの・・・そーゆー仲って・・・ちょっと天鳳姫さんっ、ガリュウさんに失礼で
すわよ〜、もうっ。」
 「あはは・・・かなり酔ってるね彼女は・・・」
 照れ隠しに、頭をポリポリ掻いているガリュウだった。
 そして・・・ミスティーアは星の瞬く夜空を見上げる。流れ星が煌く光の光跡となって
夜空を過った。
 それは、かつて祖国で兄アドニスと見ていた夜空と同じであった・・・
 
 村人から歓迎された魔戦姫達は、村で一夜の宿を借り、次の朝を迎えた。
 湖での最初の朝は、実に爽やかであった。
 朝日が湖面に反射し、光の宝石がシャワーとなって寝室に飛び込んで来た。
 「ふあ〜あ、良く寝た・・・」
 光の抱擁と小鳥のさえずりで目覚めたミスティーアが伸びをする。その横では、酒の飲
み過ぎで二日酔い状態の天鳳姫が頭を抱えて唸っている。
 「あう〜、頭イタイのコトよ〜。昨日は飲み過ぎたアルね〜。」
 「お薬持ってきましょうか?あんなキツイお酒5杯も飲むからですよ。」
 「ニャハハ・・・あんまり美味しかったから、つい調子に乗ったのコトね。」
 天鳳姫が振り返ると、窓際にはスノウホワイトが窓の外を見ながらたたずんでいる。
(ボンヤリした顔が妙に色っぽい。)
 「スノウホワイトさん、もう起きてたのですか、スノウホワイトさん?」
 返事をしないスノウホワイトを見て、ミスティーアは彼女の肩をポンポン叩く。そして
寝惚けた顔で振り返るスノウホワイト。
 「んん・・・あ、ミスティーアさん・・・おはようございますね・・・」
 呑気な口調で答えるスノウホワイトだったが・・・その視線は天鳳姫に向けられている。
 「あ、あの〜。ワタシはミスティーアさんじゃないアルよ?」
 「んん?・・・あ、そうでしたわね・・・私ったら、寝惚けてましたわ・・・そうです
わ、顔を洗わなきゃ・・・」
 低血圧のスノウホワイトは、裸にシャツを羽織っただけの姿で外に出ようとする。
 「わ〜っ!?そんな格好で外に出ちゃダメでしょ〜っ!!」
 「んあ?どーしてですか・・・?」
 慌ててスノウホワイトを部屋に引き戻すと、部屋の中に軽装のレシフェが入って来た。
 額の汗をタオルで拭いているレシフェは、朝早くからランニングと格闘技の稽古をして
いたのであった。
 「どーしたの?何を騒いでるのよ。」
 「あっ、レシフェさん。随分と早いのですね。」
 「ええ、もう朝ご飯の準備ができてるわ。早く食べに行きましょう。」
 レシフェの言葉に、スノウホワイトが嬉しそうな顔をする。
 「まあ・・・すぐに行きますわ・・・」
 「だからその格好で出ちゃダメ〜っ!!」
 またしても寝惚けているスノウホワイトを、ドタバタと着替えさせるミスティーア達。
 朝食を侍女達と共に取った魔戦姫達は、皆で村の広場に歩いて行った。
 広場では、ガリュウが村の子供達を相手に剣術など教えている。
 「1、2、3、よーし良いぞ、その調子だ。もっと背筋を伸ばして・・・1、2、3。」
 元気な掛け声の豆剣士達を見つめるガリュウの瞳は、穏やかで優しい。その瞳が魔戦姫
達の方に向いた。
 「やあ、おはよう。良く眠れたかい?」
 歩み寄るガリュウへ、にこやかに笑顔を返す魔戦姫達。
 「おはようございます、ガリュウさん。おかげで良く眠れましたわ。」
 「それは良かった。今チビ助達の相手をしてたんだ。」
 熱心にガリュウから剣術を教わっていた豆剣士達も、魔戦姫の前に集まって来た。
 子供達のフサフサした髪からは、小さくて可愛い角がピョコンと顔を覗かせている。
 「わ〜い、ませんきのおねーちゃん。おはよー。」
 「はーい、おはようみんな。」
 可愛い子鬼達の頭を優しく撫でてやるミスティーア達。子供の朗らかな笑顔が、魔戦姫
達の笑顔を誘う。
 子供は素直で純粋だ。魔戦姫にすがっておねだりをする。
 「ねえ〜、おねえちゃんも遊ぼうよ〜。」
 「まあ、可愛いわ。何して遊ぶ?」
 「あのね、かくれんぼして遊びたいのー。」
 「ウフッ・・・いいですわよ。じゃあ、私がオニさんですわ・・・」
 「あ、あの〜、スノウホワイトさん。この子達が(オニ)なんですけど〜。」
 愛くるしい子供達のキラキラした目に囲まれ、ミスティーアもスノウホワイトも、とて
も喜んでいる。
 ミスティーアとスノウホワイトが子供達と遊んでいるのを見ながら、天鳳姫は何やら悩
んだ顔で首を傾げている。
 それを不思議そうに尋ねるレシフェ。
 「どーしたの?何か悩みでも?」
 「・・・うーん。なんか大事な事を忘れてるよーな気がするのコトね。なんだったアル
か・・・」
 懸命に何か思い出そうとする天鳳姫を見て、レシフェも悩んだ顔をする。
 「そう言えば・・・何か忘れたような気がするわね、何だったかしら?」
 う〜ん・・・と悩んでいる2人だったが、子供達の声がその悩みを消してしまった。
 「わ〜い、遊ぼう、遊ぼう。」
 「よーし、お姉ちゃんが遊んであげるのコトよー。追っかけっこするネ、よーいドン。」
 広場をドタバタと走る子供達と天鳳姫。そしてハナタレ小僧を抱いたレシフェもニコニ
コ笑って見ているのであった・・・
 
 その頃、魔戦姫のコテージでは・・・赤鬼と青鬼の情けない泣き声がしていた。
 素っ裸で木に縛られ、一晩中ドワーフ達にイジメられていた2人は、すっかりお腹を空
かせて弱っており、静かな浜辺にはグウグウと腹の音が鳴り響いていた。
 しかも魔戦姫達は朝には帰って来る筈なのに、いつまでたっても帰ってこない。
 「あう〜、腹減ったよ〜。早く戻って来いよ〜。」
 「もう反省したから助けてじゃ〜ん。」
 ピーピー泣いている2人の横では、ドワーフ達が湖で取ってきたエビを焼いて食べてい
る。(人形なのに何故?と聞かないでくださいね。笑)
 香ばしい香りが漂い、赤鬼と青鬼の空きっ腹を刺激する。でも、縛られたままではエビ
を食べる事ができないのだ。
 「おおーい、チビ助〜。頼むからエビを食わせてくれ〜。腹へって死にそーだ。」
 懇願するが、ドワーフ達は知らん顔。モグモグ、ムシャムシャとエビを頬張っている。
 「フーンダ。タベタキャ、ココマデキナヨ。」
 素っ気無く断られ、赤鬼は文句を言う。
 「なんでぇ、なんでぇ〜。ケチなチビめっ、誰がそんなまずいエビなんか食うかってん
だ、ばっきゃろー。」
 ひねくれた文句を聞いた青鬼が、呆れて口を開く。
 「おめーバカじゃん、兆発したらダメじゃんか〜。」
 「けっ、あんなクソチビにメシなんざもらえるか、ん?」
 赤鬼の鼻先に良い匂いがしてくる。ドワーフがエビの丸焼きを差し出しているのだ。
 「タベタイカ?ハラヘッテルダロ、ホーレホレ。」
 さっきは文句を言っていた赤鬼だったが、空腹には逆らえない。目の色を変えてエビを
食べようとする。
 「にょおお〜っ、た、食べさせて〜っ。」
 「バーカ、オマエ、サッキボクラノコト、ケチダッテイッタダロ。オアズケダヨ〜、パ
クッ。」
 エビをパクリと食べるドワーフ君。おあずけされた赤鬼と青鬼が涙を(だ〜っ)と流し
て懇願した。
 「ひ〜ん、さっきのはウソだよ〜。一口でいいから食わせてくれ〜。」
 「ザーンネン。イマノデサイゴダヨ〜、アッカンベ〜。」
 キャハハ〜と笑いながら、ドワーフ達は去って行く。そして取り残される空腹のアホ2
人・・・(しかも魔戦姫達に忘れられている。)
 「「うわーん、お腹空いたよ〜っ。」」
 その泣き声は、空しく湖に吸いこまれて行くのであった。




NEXT
BACK
TOP