魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第一話9


   怒りの炎、悪を討つ
ムーンライズ

 炎の剣を身構えるミスティーアに、手下達は震えながら後退し始める。
 「こ、こいつも人間じゃねえ・・・あ、悪魔だ・・・」
 口々に呟きながら逃げ様とする手下の背中に、ガスタークは銃口を押し付けた。
 「てめえら逃げるんじゃねえっ、逃げやがったらコイツでズドンだぜ。」
 ボスの無情な命令に、手下達は首を横に振って拒否した。
 「か、勘弁してくださいよぉ・・・あいつ等にかなわねえっスよ。」
 「ほう?じゃあミスティーアに始末されるか、このオレに始末されるか、どっちか選び
な。」
 究極の選択を迫られる手下達。
 「あ、あの〜、ミスティーアの方です・・・」
 「よーし、そうと決まればさっさと行きやがれっ!!」
 ガスタークは、手下達のケツを蹴り飛ばして無理やりミスティーアに立ち向かわせる。
 「く、くそ・・・こうなったらヤケだっ!!」
 刺付き鉄球や斧を持った手下達が、一斉に襲いかかる。
 「うがーっ、クタバレーッ!!」
 振り下ろされた武器がミスティーアの顔面に迫る瞬間、彼女は呟いた。
 「邪魔よ、退きなさい。」
 そして、炎の剣が閃光の如く空を切った。
 「!?・・・う・・・」
 手下達の動きがピタリと止まる。そして、硬直した体に幾筋もの炎が走った。
 「ぐああっ!!いてえっ熱いいっ!!」
 手下達は全身を炎に包まれたまま、バラバラになって床に崩れ落ちた。そしてシューシ
ューと白煙が辺りに充満し、手下の体は瞬く間に消滅する。
 凄まじいまでの高熱を発する炎の剣は、切り裂いた全ての物質を瞬時にして燃やし尽く
すのだ。
 今まで剣など使ったことのないミスティーアだったが、リーリアから与えられた能力の
中に剣術の極意も含まれていたので、見事な剣さばきを使えるようになっていた。
 そして、炎の剣を片手に持ち、白煙の中からユラリと姿を現すミスティーア。
 「次に蒸発したい人、前に出なさい。」
 「あ、あわわ・・・バケモノ・・・」
 生き残った残った手下が、足をガタガタ震わせながらガスタークの方に向き直る。
 「ぼ、ボスッ。やっぱりダメだ、俺達じゃ・・・あれ、ボス?」
 振り返った方に、ボスの姿は無い。ガスタークは手下を見捨てて逃げていたのだ。
 いや、ガスタークのみならず、他の手下達も仲間を見捨てて遁走している
 「ま、待ってく・・・ぎゃあっ!!」
 再び炎の剣が空を走り、逃げ送れた手下が炎の刃の餌食となった。
 「逃がしませんわ・・・」
 呟いたミスティーアは、剣を手下達に向ける。
 「ファイヤーッ!!」
 剣から放たれた閃光が手下達に直撃した。手下は悲鳴すら上げられぬまま、火ダルマに
なって消滅した。
 恐るべき炎の攻撃に、喚きながら逃げ惑うガスターク達。
 「じ、冗談じゃねえっ!!あんなバケモノ相手に出来るかーっ!!」
 叫びながら、先程ミスティーアが入って来た正面玄関目掛けて逃げていく。その彼等の
前に、助太刀の魔戦姫であるレシフェと天鳳姫が立ち塞がった。
 「お前達何処へ行くの?リーリア様はミスティーア姫と戦えとおっしゃったのよ。」
 「敵前逃亡だめアルね。逃げるならワタシ達が相手のコトよ。」
 立ち塞がる2人も同じ悪魔・・・手向かっても無駄。
 簡単な結論であろうが、恐怖に支配された手下達にその判断が出来る筈もなく、無謀に
も、そして愚かにも魔戦姫達に向かって突進していった。
 「どけーっ、このアマーッ!!」
 向かってくる手下に、フッと笑いを浮べる魔戦姫達。そして2人同時に床へ手を置いた。
 「魔神召還、行きますわよ天鳳姫。」
 「了解のコトよ、レシフェさん。」
 互いに頷きあった2人は、床に置いた手に力を込める。
 「大地を守護せし精霊よ、破壊の魔神を我の元へ召還したまえ。出でよっ、ジャガー神
っ!!」
 アマゾネス・プリンセスのレシフェの声と共に、猛獣ジャガーの頭部を持つ、半獣半人
の怪物が出現した。
 「暗黒従者招来、来臨急々如律令!!」
 猛毒の天女こと、天鳳姫の声と共に、2人の女キョンシーが出現する。
 突如出現した魔人達の姿に、手下達は驚愕した。
 「うわあっ!!か、怪物だぁーっ!!」
 叫ぶ手下に、大地の破壊者ジャガー神が襲いかかる。豹紋の豪腕が手下達を薙ぎ倒し、
鋭い牙で噛み砕く。
 さらに巨大な青竜刀を振りかざす女キョンシー2人が、逃げる者を一刀両断する。
 「グワオオオーッ!!」
 「キエェーイッ!!」
 ジャガー神の咆哮と女キョンシーの掛け声が響き、手下達は次々倒された。反撃の余裕
は一切無い。ただひたすら一方的に攻撃されるのみである。
 従者たる恐怖の怪物達に手下を攻撃させている魔戦姫の2人は、その様子を傍観しなが
ら呟いた。
 「愚かな悪党ども・・・自分達が行なってきた事を、今度は自分自身が味わいなさい。」
 「悪者に朝日を見る資格はないノデス・・・迷わず地獄に行きナサイッ!!」
 猛毒の天女、天鳳姫の口調が、先程までの姫君らしからぬおどけた言葉使いから、本来
の姫君たる丁寧な言葉使いに変わっている。
 しかしその表情は強張っており、唇は怒りで震えていた。
 天鳳姫は自身の怒りを静めるために、普段はわざとおどけた言葉使いで喋っているのだ。
その彼女の心に怒りが宿る時、本来の姫君らしい言葉使いになるのである。
 無論、その怒りはレシフェも同様だ。
 2人の眼に激しい怒りが宿っている。それはミスティーアの怒りに勝るとも劣らない。
2人もミスティーア同様、悪党に辱められた過去を持っている。
 彼女等の心に、陵辱された時の狂おしい記憶が蘇っているのだ。
 怒りに燃える魔戦姫達の前に、1人の手下が怪物の攻撃を逃れて転がり込んできた。
 「うわわ・・・助けて・・・」
 眼前のアマゾネス・プリンセス、レシフェに助けを求める手下。レシフェは彼を冷たい
眼で見ている。
 「お前は男でしょう?男だったら最後まで戦い抜きなさい。」
 アマゾネス・プリンセスの言葉は冷ややかだった。その声に情けも慈悲もない。
 「そんな・・・どーやって戦えってンだよ、バケモノ相手に・・・」
 「化物相手じゃ戦えないのね?じゃあ私が相手をしてあげるわ。」
 レシフェの言葉に驚く手下。
 「お前が?」
 「ええ、私は素手で戦うわ。魔法も怪物も一切無し、それならどう?」
 素手で戦う・・・レシフェの恐ろしさを知らない手下は喜んで了承する。
 「よおし・・・素手なら勝てるぜっ、お前なんざ片手で十分だっ!!」
 腕を振りまわしながらレシフェに飛び掛る手下。むかえるレシフェが片手を後ろにスッ
と引く。
 「はあっ!!」
 ドボッ!!
 レシフェの超重量ボディーブローが手下の腹に直撃する。その凄まじい拳圧で、手下の
五臓六腑はグシャグシャになった。
 「ごぼぼ・・・」
 手下の鼻と口から鮮血が滴り落ちる。白目を向いて動けなくなった手下に、レシフェは
諌言を述べる。
 「目上に対する言葉使いを教えてあげましょう。(姫君)に対して(お前)などと言わ
ない事。わかりましたか?」
 諌めの言葉に、手下は首を縦にカクカク振って返答した。
 「わかったら・・・さっさと地獄へ行きなさいーっ!!」
 レシフェの百烈拳が炸裂し、手下は木っ端微塵になって宙に舞う。
 魔力に頼らない戦闘においては魔戦姫中トップクラスのレシフェの鉄拳は、凄まじいの
一言に尽きた。
 手下はレシフェが素手だから勝てると早合点していたが、レシフェはある意味素手では
なかった。何故なら・・・彼女の肉体そのものが武器だからである。
 血塗れの肉隗となった手下は、恐るべき相手に歯向かった事を後悔する間も無く、地獄
に落ちた。
 これで会場を占拠していたガスタークの手下達は全員壊滅した。
 その一部始終を上空で見ていたリーリアは、会場全体を見まわす。すると、会場の脇に
あるはしごを登って逃げるガスタークの姿があった。
 「く、くそっ・・・こんな所でクタバってたまるかよ・・・」
 ガスタークの後ろからは彼の愛人がジタバタとついてくる。
 「ま、まってよガスターク・・・あたしを置いてかないでぇ〜。」
 「モタモタすンじゃねえっ、とっとと逃げねえと・・・」
 はしごの横にある窓に目を向けたガスタークが、ニヤリと笑った。
 窓の外には海が広がっている。ミケーネル城は海のすぐ傍に建てられているのだ。その
海に巨大な影が浮いている。
 そして、ガスタークは懐から口径の大きな銃を取り出した。
 彼がいつも使っている拳銃ではない。信号弾を発射する特別の銃だ。
 窓を開けたガスタークは、銃口を海に浮かぶ影に向けると信号弾を発射した。
 信号弾はオレンジ色の光跡を残して暗闇に吸いこまれる。
 「・・・一体何を?」
 リーリアがそう呟いたその時であった。
 ドオンッと轟音が響き、間髪いれず海に面した会場の外壁が崩れ落ちた。
 大きな穴が開いた壁から、海上に浮かぶ船の姿が見える。それを見た天鳳姫が驚嘆の声
を上げる。
 「アイヤー、大変のコトねっ、海賊船アルよっ。」
 その声にリーリアとレシフェ、そしてミスティーア達も海を見る。
 そこには、側面に設けた大砲を城に向けている海賊船があった。その大砲から立て続け
に砲撃が繰り出され、城の外壁はガスタークのいる場所を除いて次々崩れた。
 砲撃は際限無く繰り出され、このままでは魔戦姫達に危険が及ぶ。
 「全員離れてっ。」
 リーリアの指示に、一同会場の奥に後退する。
 それを見るガスタークが、勝ち誇った様にゲラゲラ笑った。
 「オレ様の戦力がここにいる手下どもだけだと思ったのか?甘めーンだよっ、こんな事
もあろうかと海上に船を用意しておいたのさ。これで形勢が逆転したなっ!?今度こそ、
オレ様に歯向かった事を後悔させてやるぜーっ!!」
 その海賊船こそ、ガスタークの本隊であった。暗黒街の帝王であるガスタークは、ミケ
ーネアのみならず周辺諸国をも襲撃する為に、密かに海賊船を用意していたのだった。
 「ヒャハハーッ、やれやれっ、クソ悪魔のケツに弾をブチこんでやれーっ!!」
 大声で笑うガスタークを見ながら、リーリアは魔戦姫達に指示を下した。
 「こうなったら(あれ)を使うしかありませんね・・・レシフェ、天鳳姫、砲撃戦の用
意を!!」
 その言葉に、天鳳姫とレシフェが驚きの表情を見せた。
 「り、リーリア様、(あれ)使うですかっ?あれは対人用の武器違うです、威力あり過
ぎるのコトありますっ。」
 「あんなものを使ったら騒ぎが大きくなって我々の存在が表の世界に知れてしまいます、
そうなったら魔王様や魔界八部衆の方々も黙っていませんでしょう。」
 うろたえる2人に、リーリアは落ちついた声で再度指示を下す。
 「責任は私が取ります、急ぎ用意なさい。」
 「は、はい、わかりました。」
 「すぐに用意しますのコトです。」
 2人は天井に向けて手をかざした。
 「魔界の黒き侍女(オーガメイド)達よ、直ちに我等が元に集えっ。」
 その声と共に天井に黒い影が出来る。魔界と現世を繋ぐゲートだ。その魔界のゲートか
ら黒衣の侍女達が次々現れた。
 出現した黒衣の侍女達を見たガスタークは、忌々しそうな表情を見せた。
 「ケッ、新手を呼びやがったか。まあいい、砲撃で全員地獄に送り返してやるぜっ!!」
 ガスタークが手を魔戦姫達に向けると、それを合図に海賊船の大砲から魔戦姫目掛けて
砲弾が発射された。
 飛んで来た砲弾がリーリア達に直撃し、着弾地点が爆煙に包まれる。
 それを見たガスタークが狂喜する。
 「ギャハハッ、ぶっ飛びやがったっ。」
 はしごから身を乗り出して喜んでいるガスタークは、魔戦姫達の最後を見届けようと目
を凝らした。すると・・・
 「な、なにい〜っ?」
 狂喜の顔が驚愕に変わる。
 砲弾が着弾した場所の爆煙が晴れ、その場の様相が明らかになる。そこには10数人の
黒衣の侍女達が両手を広げて空中に浮いていた。
 侍女達は両手からバリアーを発生させ、砲撃を防いでいたのだ。その後ろにはバリアー
に守られたリーリア達が立っている。彼女等に砲撃の影響はなく、全くの無傷だ。
 「ほ、砲撃を跳ね返しやがった・・・」
 呆然とするガスターク。そして凛としたリーリアの声が響く。
 「この程度の砲撃で我等を倒せるとでも思って?今度はこちらの番です。見るがいいわ
悪党ども、我等魔戦姫の最終兵器(フロイライン・ギャラホルン)の威力をっ!!」
 その声と共に、黒衣の侍女達が1箇所に集結する。集まった侍女達の体が紫色の光を伴
って同化し、巨大な円形状の物体・・・超大型の大砲へと変化していった。
 大砲の形成を担当する天鳳姫が、黒衣の侍女(オーガメイド)達に形成の指示を出して
いる。
 「みんな精神を1つにするアルよっ。魔力を同調させないと合体できないのコトね。」
 「了解しましたっ。」
 そして侍女達の精神が1つとなり、黒衣の侍女(オーガメイド)達は魔戦姫の最終兵器
(フロイライン・ギャラホルン)へと変貌を遂げた。
 その形は大砲そのものだが、デザインは武骨な通常の大砲とは違い、映えある魔戦姫が
使うに相応しい美しく洗練されたデザインだ。
 黒く光る巨大な大砲(フロイライン・ギャラホルン)の傍らに歩み寄ったリーリアは、
ミスティーアを抱えフワリと宙に浮き上がった。そして大砲の上部に降り立つ。
 ミスティーアの後ろに回ったリーリアは、両腕をミスティーアの前に出し手を組んだ。
 両方の人差し指を突き出して組むその形は、拳銃を構える様に酷似している。そしてリ
ーリアはミスティーアに声をかけた。
 「前の海賊船を見なさい。そして全ての怒りと悲しみを海賊船に向けるのです。(フロ
イライン・ギャラホルン)の力で貴方の怒りを巨大な砲弾に変え、海賊船を砲撃します。」
 リーリアに従い、視線を海賊船に向ける。そしてミスティーアは呟いた。
 「お父様、お母様、お兄様・・・アドニス兄さん・・・今こそ憎きガスターク一味を討
ち果たし、無念を晴らしますっ。」
 彼女の胸に光る深緑のエメラルドに、真紅の炎が宿る。そして・・・砲身の脇にあるメ
ーターのような目盛りに、赤い光が走る。
 フロイライン・ギャラホルンの砲身に、ミスティーアの怒りのパワーが充填されたのだ。
 「パワー充填完了。目標海賊船、照準よしっ!!」
 照準を担当するレシフェの声を受け、砲身上の2人は声を合わせて叫ぶ。
 「フロイライン・ギャラホルン、ファイヤーッ!!」
 砲口から凄まじい閃光が放たれ、海上の海賊船目掛けて熱線が走るっ。
 「ひええーっ!?」
 はしごにしがみ付くガスタークのすぐ横を、直径数mの真っ赤な熱線が通過し、彼と愛
人は衝撃で床に投げ出された。
 熱線は真一文字に海賊船の横腹を直撃する。それをまともに浴びた海賊船に巨大な穴が
穿たれ、超高熱の炎が全てを焼き払う。
 ズウオーンッ!!
 海賊船は爆音と共に弾け飛び、衝撃で巨大な水飛沫が上空高く上がった。
 ザザザーッと水飛沫が海面に降り注ぎ、海面に大きな波紋が広がる。やがてそれは収ま
り、海面は何事も無かったかのように平面を取り戻した。
 そこには・・・海賊船があった場所には何も存在しなくなっていた。あるのは膨大な海
水のみ。海賊船は跡形も無く消滅したのだ。
 魔戦姫の(怒り)を巨大な破壊力に変え、標的を瞬時にして殲滅する恐るべき魔戦姫の
最終兵器(フロイライン・ギャラホルン)。
 それは本来、巨大な力を持つ魔獣や魔神に対して使われる破壊兵器なのだが、数の多い
ガスターク一味を殲滅するにあたり、始めて人間相手に使用されたのだった。
 消えて無くなった自分の海賊船を見て、顔面蒼白になるガスターク。
 「あわ、あわわ・・・そんな・・・バカなあ・・・」
 ヨロヨロと立ち上がるガスターク。
 「う、うそだ・・・こんな事があるかよ・・・オレの・・・オレの船が吹っ飛んだ・・・
」 
 全ては消滅した。彼の戦力も、手下も、何もかも・・・
 そして彼は1人になった・・・
 悪行の限りを尽くしたガスターク最後の時であった。
 フラフラする彼の足を何者かが掴んだ。瓦礫の下敷きになっている彼の愛人だ。
 「が、ガスタークぅ・・・た、たすけぇて〜。」
 頭から血を流している愛人が、泣きながら助けを求めた。
 だが、ガスタークは無情にも愛人を見捨てた。
 「てめえなんぞ知るかっ、手を離せっ!!」
 「そ、そんなぁ〜。」
 瓦礫の下敷きになっている愛人を蹴り飛ばし、ガスタークは魔戦姫達から逃れるべく遁
走した。
 会場の壁に開けられた穴を這い上がり、外へと逃げて行く。
 城の外には一面の海が広がり、彼が逃げる場所は桟橋のある波止場しかない。
 波止場に繋留されている船の横を通り過ぎ、街に通じる桟橋へと走って行った。
 「ハアハア・・・街まで逃げりゃ何とか・・・」
 荒い息を吐きながら走る彼は、ようやく桟橋の前まで辿りついた。ここを渡れば街まで
逃げられる・・・
 そう思ったガスタークが桟橋に走り寄ろうとした、その時である。
 ガスタークの後方から閃光が煌き、熱線が桟橋に直撃した。
 グワッと火柱を上げて桟橋が粉々に吹っ飛ぶ。
 「のわっ!?」
 逃げ場を奪われたガスタークが、何事かと後ろを振り返る。そこには・・・
 「げ、げえっ!?み、ミスティーアッ!!」
 腰を抜かすガスタークの背後に、炎の剣を前にかざしたミスティーアの姿があった。
 彼女の眼は怒りに燃えている。1人逃亡を図ったガスタークを、鋭い目で睨んでいる。
 「もう逃げられませんよガスターク・・・手下達が地獄であなたを待っているわ。」
 「ほ、ほざけーっ!!」
 吠えたガスタークが拳銃を撃つ。凶弾を前にしてミスティーアは剣を構えた。
 「やあっ!!」
 剣が超高速で空を薙ぎ、次々撃ち出される弾丸を全て跳ね飛ばした。
 音速で飛んで来る弾丸の弾道を見切り、跳ね飛ばす。普通の人間が絶対に真似できない
テクニックを、闇の技と言わずしてなんと呼べばいいのか。
 全ては魔戦姫の長、リーリアが彼女にもたらしたものだ。全ての悪と戦う為の闇の技は
最強無敵、その前に全ての悪は屈服する。
 「うわわ・・・この、このっ・・・あ、あれ?」
 ガスタークは震える手で引き金を引くが弾は出ない。弾切れだった。
 この時点で、ガスタークの運命は決まった。
 炎の剣を収めたミスティーアが詰め寄る。
 「終わりよ・・・さあ、この私が引導を渡してあげるっ!!」
 怒りの声と共に、胸のエメラルドから真紅の光が放たれ、薄紫のドレスが紅蓮の炎に変
化した。
 凄まじい炎をまとい、ミスティーアの裸体が灼熱を放った!!
 「ひいえっ!?」
 怯えるガスタークの前に、炎の化身となったミスティーアが迫る。その熱量は強烈で、
彼女が立っている場所が黒く焦げ煙が上がっている。
 数m離れた場所にいるガスタークにも、その熱が伝わってくる程だ。
 そしてミスティーアのカールヘアーが真っ赤な炎を吹き上げて逆立った。その髪が束に
なって揺らめく様は、頭にヘビを巻きつけた魔女メデューサそのものだ。
 眼を見た者を石に変える、メデューサの魔眼さながらに光を放つ眼でガスタークを睨む
と、ガスタークはヘビに睨まれたカエルの様に動けなくなった。
 「あわわ・・・助けて・・・許して・・・」
 小便を漏らし、泣きながら助けを請うガスターク。
 かつては暗黒街の帝王として君臨し、海賊船を率いて各国の侵略を企んだ諸悪の権現た
る彼の威厳はもうなかった。そして悪魔の力を手に入れたミスティーアが、力の全てを失
ったガスタークを追い詰めている。
 「許してですって?泣いて許しを請った私を・・・あなたは容赦なく苦しめた・・・み
んなも苦しめた・・・許せると思ってるの?」
 揺らめくミスティーアの髪が伸びてガスタークの身体を巻きつける。炎をまとった髪が
ガスタークを焼いた。
 「ひいっ、熱いーっ!!やめてくれーっ!!」
 体中から煙があがり、悲鳴が辺りに響いた。
 「よくもアドニス兄さんを・・・大好きなアドニス兄さんを・・・よくも、よくもっ!!
・・・ユるさない・・・絶対にユルサナイ・・・」
 呟くミスティーアの目から赤い涙が流れた。それは・・・血の涙だった。
 最愛の兄、アドニスを奪われた怒りと悲しみが、血の涙となって溢れたのだ。
 真っ赤に焼けた鉄の如きミスティーアの両腕が、ガスタークを捕らえる。そして、怒り
の強力を込めて締め上げた。
 「地獄に行きなさいイイイーッ、ガスタァークウウウーッ!!」
 叫ぶミスティーアの裸体から烈火がほとばしる。ガスタークは体を焼かれ、全身の骨を
粉々に砕かれた。
 「うぎゃああああああーっ!!」
 「アドニスにイさンのウラみイイイーッ、おモいシれエエエーッ!!」
 凄まじい絶叫が響き、炎が全てを飲み込んだ。怒りの炎はガスタークを容赦無く焼き尽
くし、彼の全てが燃え果てるまで燃え盛った。
 「わあアアアーッ!!ウあアアアーッ!!」
 ガスタークが灰になって崩れても、ミスティーアは叫び続けた。完全に怒りによって我
を失っている。
 それを見たリーリアが血相を変えた。
 「ミスティーア姫っ、いけないっ。」
 このままではミスティーアの魂が地獄へと堕ち、永遠に闇をさ迷う事になる・・・急が
ねばっ、そう思った時である。
 リーリアの横から、2つの影が飛び出してきた。エルとアルの2人だ。
 「姫様ーっ!!」
 2人は叫びながら、業火をまとって荒れ狂うミスティーアに走り寄る。
 「あの子達、まさか・・・」
 その2人を見たリーリアが驚いて叫んだ。
 「や、やめなさいっ、貴方達まで焼けてしまうわっ!?」
 だが、その声は2人に届かなかった。そして・・・ミスティーアを制するべく抱きつい
た。
 「怒りを御静めください姫様っ、もう終わったのですわーっ!!」
 「もういいですのーっ、もう止めてくださいのーっ!!」
 2人の黄色いドレスがボロボロになり、体が炎で焼ける。
 リーリアが2人に与えた肉体は、通常の火ぐらいではヤケドすら負わない。
 その強靭な肉体が、怒りの炎で焼け爛れている。悪魔の肉体をもってしても、凄まじい
業火を防ぐ事は出来ないのだ。
 腕が、胸が、業火で焼けだだれていく。強靭な肉体ゆえ、その苦痛は尋常ではない。そ
れでも・・・2人はミスティーアを離さない。
 烈火の苦痛に耐え、2人は愛するミスティーアの心を鎮めようと懸命になった。
 「姫様ーっ、ひめさまーっ!!」
 その悲しい2人の叫びがミスティーアの全身を貫き、彼女は目を見開いたまま硬直する。
 そして愛しい侍女達の名前を呟いた。
 「うあ?あ・・・エル、アル?」
 我に帰った彼女の目に、ボロボロに火傷を負った2人の姿が映った。彼女等に火傷を負
わせたのは・・・そう、自分だ・・・
 「あああ・・・そんな・・・」
 ミスティーアの炎が急速に冷えて元のドレスに戻った。そして、怒りも憎しみも静まっ
て行った。
 怒りに任せて荒れ狂った挙句に、大切なエルとアルを傷つけた事の後悔の念が、彼女を
攻め諌む。
 「私は何て事を・・・ご、ご、ごめんなさい・・・」
 ミスティーアの目から流れていた血の涙が、純真な悲しみの涙へと変わった。その涙は
全ての怒りと悲しみを洗い流すかのように止めど無く流れつづける。
 それを見たエルとアルは安堵の声を上げた。
 「姫様・・・や、やっと気が付かれましたわ・・・」
 「よ、よかったですの・・・ひ、姫様。元に戻られましたの・・・」
 よろける2人は地面に倒れこんだ。地面に倒れ伏して動かなくなった2人に、ミスティ
ーアは絶叫した。
 「いやあーっ!!エルッ、アルッ!!起きてーっ、目を覚ましてーっ!!」
 2人を揺り動かすが、全く動かない。
 「ああっ、ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいいいっ!!おねがいいっ、私を1人にし
ないでえーっ!!」
 泣き叫ぶミスティーア。
 そんな彼女の肩を、リーリアはそっと抱きしめた。
 「大丈夫です、エルとアルは私が助けます。」
 そして、傷ついたエルとアルを抱き起こすと、背中の黒い翼を広げ2人を優しく包んだ。
 黒い翼から薄紫の光が溢れ、2人の火傷を癒す。
 怒りの炎で焼け爛れた肌が見る間に再生し、ボロボロになった2人の黄色いドレスも元
に戻っていく。そしてエルとアルは静かに眼を開いた。
 その2人を、リーリアは優しく慰める。
 「よくやったわ、貴方達は良い子よ・・・」
 キョトンとした顔の2人は、辺りを見回す。
 「あう?・・・痛くありませんわ・・・」
 「ヤケドが・・・治ったですの・・・」
 驚く2人の前に、涙にぬれた顔のミスティーアが歩み寄った。
 「エル、アル・・・ごめんなさい・・・私・・・私・・・ごめんさいーっ!!」
 泣き声を上げ、何度も謝りながら2人を抱きしめた。エルとアルも、ミスティーアに抱
きつき泣き出した。
 「姫様・・・もういいですわ・・・姫様が無事ならそれで・・・」
 「姫様が元に戻られたら、それでいいですの。もう泣かないでくださいの・・・」
 「あ、ありがとう。本当にありがとう・・・」
 ミスティーアはもう一度2人を抱きしめる。
 抱き合う3人を見たリーリアは、静かに立ち上がり3人の手を握り締めた。
 「よくやりましたわ。貴方達は、見事本懐を遂げたのです。」
 リーリアの言葉に、3人の緊張の糸が途切れた。
 復讐は終わったのだ。憎き悪漢ガスタークを倒し、全ての愛する者達の仇を討ったのだ。
 心の中に渦巻いていた憎悪が消え、安らぎがもたらされる。
 その安らぎを感じて始めて、3人は全てが終わったのだと実感した。
 静かな波止場に、3人の泣き声だけが静かに響いた。



次のページへ
BACK
TOP