魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀27


  正義の為に戦う、善なる悪魔達 
ムーンライズ

        
 
 サン・ジェルマンとミスティーア達が地下に向かっている頃、バーゼクス城内を懸命に
走る者達の姿があった。
 先程、部屋に乱入してきた魔人兵士を撃破したリーリア達であった。
 城内の状況を透視能力で探るアルカを先頭に、一同はスノウホワイトをかくまう場所を
探しているのだ。
 一時は撃退した魔人兵士だが、直に新手を繰り出してくるだろうし、負傷したスノウホ
ワイトを庇いながらの戦いは極めて不利なのだ。
 しかも、階下ではサン・ジェルマンや他の魔戦姫達が戦っており、早急に応援に向かわ
ねばならない。
 先を走るアルカに、安全な場所はないかと尋ねるリーリア。
 「どこでもいいですわ、スノウホワイトが隠れる事ができれば・・・」
 その声に答えるアルカだったが、その口調は複雑であった。
 「はい、部屋の見取りはわかるのですが・・・どこが安全とかはわかりません。せめて
魔人兵士がどこから来るのか判れば良いのですが・・・」
 不安げなアルカの目に、部屋を守る衛兵が立っている姿が映る。
 「あれは・・・」
 衛兵もアルカの存在に気がついて、槍をかざして身構えた。
 「て、てめえら何者だっ!?」
 「お姫様ですわよっ!!」
 その衛兵の前に踊り出るレシフェ。彼女のハイキックが衛兵の顔面に炸裂する。
 「ぐぇっ!?」
 壁に叩きつけられた衛兵に目もくれず、一同は先を急ごうとする。だが、部屋を通り過
ぎようとしたジャガー神が立ち止まった。
 「ちょっと待ってニャッ、この部屋に誰かいるニャ。」
 ドアの小窓から中を覗くジャガー神。彼に抱き抱えられているスノウホワイトも同じ様
に部屋の中を伺った。
 「・・・女の人が囚われになっていますわっ。早く助けないと・・・」
 スノウホワイトの声に、リーリアやレシフェも部屋の前に来る。
 小窓から中を見ると・・・なんと、トリカゴを大きくしたような鉄製の檻に、1人の若
い女性が閉じ込められているのだ。
 「大変ですわっ。エル、このドアを破りなさいっ。」
 カギのかかっているドアを破るよう、エルに指示を出すリーリア。
 「わかりましたわっ、えーいっ!!」
 掛け声一閃、エルの強力パンチがドアを弾き飛ばす。
 部屋に飛び込んだ一同は、檻の中に閉じ込められている女性を助け出した。
 女性は酷い拷問を受けた様子で、一糸纏わぬ身体には無数のムチの跡が生々しく残って
いる。
 「だいじょうぶですか!?しっかりしなさいっ。」
 「う、ううう・・・あなた方は・・・ひっ!?」
 リーリアに揺り起こされた女性の目に、白雪姫を抱えた獣人の姿が映った。恐怖に怯え、
声を上げる女性。
 「ひいいっ!!ま、魔人っ、いやあっ!!」
 「落ちついてっ、彼は魔人ではありませんよ。」
 女性の額に手を当てたリーリアが、魔力で彼女の恐怖を和らげた。
 「はう、は・・・?はああ・・・」
 安堵の溜息をつく女性に、リーリアは優しく語り掛ける。
 「安心なさい。私達はバーゼクスを救うために馳せ参じた者です、あなたの味方ですわ
よ。」
 「え?味方ですか・・・でも・・・」
 後ろにいる者達を見て、全員異世界の者であることを感じ取る。でも、全員からは邪気
は一切感じられない。
 (強制的ではあるが)敵意がないことを知った女性は感謝の言葉を口にした。
 「あなた方は私を助けて下さったのですね・・・あ、ありがとうございます。私はエリ
ーゼ、バーゼクスの王妃です。」
 その言葉に、リーリアを始め一同が驚愕する。
 「あなたは・・・エリーゼ姫ですかっ!?」
 驚くリーリア。そして、女性ことエリーゼ姫も驚く。
 「私をご存知ですかっ。では、あなた達はいったい・・・」
 エリーゼの問いにリーリアは返答を迷った。自分達が人間の忌み恐れている魔族である
とは説明し難いからだ。
 「私達は・・・善なる闇の者ですわよ。デスガッドは悪しき悪魔、私達は善なる悪魔・・
・そう受け取って頂けると幸いです。私達は、あなたの父君、ゴードン領主のご依頼であ
なたとバーゼクスを救いに来ました。」
 「お父様の・・・」
 詳しく説明する余裕がないので、ストレートに話すリーリア。エリーゼは戸惑いながら
もリーリアの言葉を聞き入れた。
 「そ、そうですか・・・わかりましたわ・・・」
 戸惑っているエリーゼに、優しく手を差し伸べる者がいた。獰猛な面構えの獣人、ジャ
ガー神だ。
 「さっきは驚かしてごめんニャ。俺、ジャガー神って言うニャ。」
 片腕で白雪姫を抱き抱え、もう片手でエリーゼ姫を助け上げる豹頭の獣人。その獰猛な
顔に似合わない笑顔で、エリーゼに穏やかに接する。
 彼の腕に抱かれている白雪姫も、エリーゼに微笑みかけた。
 「私はスノウホワイトと申します・・・よろしく願いますわ・・・」
 その笑顔に、自分を助けてくれた悪魔への偏見を掻き消すエリーゼ。白雪姫は負傷して
いる、彼女を助けねば・・・そんな感情がエリーゼの心に過った。
 そして、エリーゼの前に童子の姿をした(善なる悪魔)が声をかけてきた。
 「悪いけど、彼女をかくまう場所を探してるんだ。協力してもらえるかな?」
 童子こと、ハルメイルの要望に応えるエリーゼ。
 「ええ、私に出来ることでしたら、なんなりと仰ってください。あなた方は命の恩人で
すわ。」
 その返答に、(善なる悪魔)達は喜んだ。そしてエリーゼを促して部屋の外へと出る。
 部屋の外で待っていたアルカが、エリーゼにバーゼクス城内の安全な場所を尋ねる。
 「城の階下はデスガッド率いる魔人達が大勢います。上階での安全な場所はどこですか?
」
 「それなら・・・この先を真っ直ぐに・・・さらに、突き当りを右に曲がって・・・」
 「・・・そこからは・・・なるほど、階段を上がって左を・・・ですわね。わかりまし
た」
 話し合う2人が、最終的に最も安全な場所を決定する。
 「ご協力に感謝いたしますわ、早く参りましょう。」
 エリーゼに上着を貸したアルカが、一同に急ぐよう声をかける。
 その声に応え、一同は上階へと向かった・・・
 
 同じ頃、上階の一室でゴソゴソする者の存在があった。そのパンツ一丁のデブ男は、ミ
スティーア達とヒトデ魔人達との戦闘から逃げ出していたモルレムだった。
 バーゼクス城内で最も安全な場所を知っているモルレムも、混乱から逃げ延びるべくこ
こに来ていたのだ。
 「じょーだんじゃないよ〜。なんで僕がこんな目に・・・正義の悪魔か何か知らないけ
ど、ケンカなら別の場所でやれってんだ、ブツブツ・・・」
 文句をいいながら部屋に入るモルレムは、緊急事態に陥った際に隠れる部屋へと入って
いった。
 その部屋には、敵に城の周囲を囲まれても無事脱出できるよう、秘密の逃げ道が隠され
ている。
 部屋の家具を退けると、そこには細い幅の階段が出現する。王族や一部の者しか知らな
い秘密の通路だ。
 「えへへ、ここはデスガッドも知らないンだ・・・ここから外に出ればっ、て・・・そ
う言えば、外に出たら魔人になっちゃうんだった〜。」
 外の状況を思い出したモルレムが、情けない顔でうろたえる。
 「しかたないなあ〜、ほとぼりが冷めるまで隠れてようっと。」
 モルレムがそう言った時である。
 数人の足音が外から響き、部屋のドアが開かれた。
 「さあ皆さん、ここが安全な場所ですわ。」
 部屋に入ってきたのは王妃エリーゼであった。彼女はリーリア達を促して部屋に引き入
れる。
 その声に従い、部屋に入ってくるリーリア達が、部屋の隅にオドオドした顔のデブ男が
いるのを見た。
 デブ男こと、モルレムは突然の事にうろたえている。
 「あわわ・・・誰だお前等はっ!?・・・って。え、エリーゼ?」
 目を白黒させるモルレムを見て、エリーゼが驚きの声を上げた。
 「モルレムッ。ここで何をしてるのですかっ!?」
 「な、何って・・・逃げるのに決ってるじゃな〜い、ナハナハ・・・」
 「あなたって人は・・・」
 呆れた顔のエリーゼの後ろから、レシフェが怒りの篭った目で現れた。
 「お前は・・・よくも私達を魔人に売りましたわねっ!?」
 鋭い声に飛びあがるモルレム。
 「ひょえ〜っ!?あんたはさっきの女戦士っ!?のわわ・・・し、仕方なかったんだよ
〜、魔人達に脅されてて・・・」
 情けなく弁解するモルレムだったが、エルの声が弁解を遮った。
 「なにがしかたなかった、ですわっ!?あのアホ国王・・・国王の座を守りたくて私達
を罠に嵌めたですわっ!!」
 リーリアに力を込めて説明するエル。そしてレシフェも詳細を一同に説明した。
 「・・・と、言う訳です、リーリア様。」
 「そーなのですわ。」
 レシフェとエルの説明に、リーリアを始め、一同は怒りを露にする。
 「なんて事を・・・モルレムッ、あなたには国王としての誇りはないのですかっ!?」
 エリーゼの厳しい叱咤が飛ぶ。その背後にいるリーリア達も怒り心頭の目でモルレムを
睨んだ。
 「姫様を罠に嵌めたですって?この卑怯者っ!!」
 「お前みたいな奴は八つ裂きにしてやるニャッ。」
 詰め寄るアルカとジャガー神。それに恐れをなしたモルレムが慌てて秘密の通路に逃げ
こむ。
 「どひ〜っ、僕はしーらないっ、さいなら〜。」
 遁走するモルレムの後を追うハルメイルとドワーフ隊。
 「待てコラッ、逃げるなっ!!」
 だが、追撃は呆気なく終了した。モルレムの肥え太った身体が、狭い通路の途中でつっ
かえたのだ。
 「にょおおお〜っ、動けないよ〜っ。たすけて〜。」
 下半身を出したままジタバタもがくモルレムの足を掴んだドワーフ達が、彼を部屋へと
引き戻した。
 「ヨイショ、ヨイショ・・・アホコクオウメ、モウニゲラレナイゾッ。」
 ドワーフ達に引き立てられたモルレムは、一同の鋭い視線の集中砲火に晒される。
 「私達を罠に嵌めた罪、存分に償ってもらいますわよ・・・どんなお仕置きをしてほし
いかしら?」
 「オシオキダ、オシオキダ、イジメテヤレ。」
 指をボキボキ鳴らすレシフェと、鋭い牙の生えた口を開き、モルレムに歩み寄るドワー
フ達。
 「ンきゃ〜っ、ゆるして〜っ。」
 泣き喚いたモルレムは、後ろで静視していたリーリアに助けを求めた。
 「あひあひ・・・お、お願いだよ〜、僕を助けて〜。ゆ、許してくれたら、なんでもお
礼をするからさ〜。」
 その言葉に、ニッコリと微笑むリーリア。
 「あら、どんなお礼をしてくださるのかしら?」
 「お、お金ならいくらでもだすよ〜。い、いくら欲しい?ぼ、僕はお金持ちだもん、好
きなだけあげるからさ〜。」
 揉み手でヘラヘラ笑う卑屈な態度を見たリーリアが、眉を微かに吊り上げた。
 「そう・・・レシフェ達を罠に嵌めた挙句、買収でごまかすおつもりですか・・・随分
と甘く見られましたわね。」
 そう言った途端、優しい微笑が一変し、リーリアの眼が鋭く開かれた。
 「あなたのような卑怯者に王を名乗る資格などありませんわっ!!」
 バシィーンッ!!
 強烈なるリーリアの平手打ちがモルレムの頬を打った。
 「にょほおおお〜っ!?」
 肥え太った体がグルグル回転し、床にビッターンと倒れ込む。
 顔に手形をつけて伸びているモルレムを、呆れた顔で見ているリーリア。
 「やれやれ・・・究極のアホですわね、全く・・・」
 そんなリーリアに、レシフェが声をかけた。
 「スノウホワイトはここに隠れさせるとして、これからどういたします?」
 「そうですわね、ここならしばらくは安全でしょう。スノウホワイトはアルカとドワー
フ達に任せて、私達は階下へと急ぎましょう。デスガッドと戦っているミスティーアや黒
竜翁様の支援に向かわねばなりません。」
 その声に、スノウホワイトの傍らにいたハルメイルも応える。
 「オイラも行くよっ、デスガッドは・・・オイラがこの手でブン殴ってやるんだっ!!
いいだろう、リリちゃん。」
 「しかし・・・ハルメイル様はお怪我をされていますわ、どうか御自愛を。デスガッド
の事は私達が・・・」
 心配そうにするリーリアだったが・・・
 ハルメイルの目は、デスガッドに対する怒りによって激しく燃えている。彼の怒りを鎮
める方法は皆無であることをリーリアは悟った。
 「・・・判りましたわ、でもご無理だけはなされないで下さい。」
 「ゴメンね。リリちゃんには迷惑をかけない、約束する。」
 すまなさそうにするハルメイルは、床に下ろしてもらったスノウホワイトの傍に歩み寄
った。
 「デスガッドはオイラがやっつけてくる、スノウホワイトの仇を討つからね。」
 これから戦いに挑もうとするハルメイルを、スノウホワイトは悲しそうに見つめている。
 「・・・そんな、仇なんて・・・もし・・・もし、ハルメイル様に万一のことがあれば・
・・」
 そんな涙を流すスノウホワイトの頬に、優しくキスをするハルメイル。
 「心配要らないよ。必ず帰ってくる、それまで待っててね。」
 そして、ハルメイルは戦いの為に立ち上がった。愛する者を守るために・・・
 「じゃあアルカ、ドワーフ達。スノウホワイトとエリーゼ姫の事をよろしく頼むよ。」
 「判りましたわ。」
 「ダイジョウブッ、ボクタチ、ヒメサマヲマモルッ。」
 アルカとドワーフ達の声に頷き、ハルメイルはリーリアやレシフェ等と共に出陣する。
その後を追うジャガー神に、スノウホワイトは手を組んで訴えた。
 「・・・ジャガー君・・・ハルメイル様を守ってね・・・お願い・・・」
 その訴えに、ジャガー神は胸を叩いて答えた。
 「任せるニャ、何があってもハルメイル様を守るニャ。」
 その言葉に、スノウホワイトは安堵の笑顔を見せた。
 部屋を出る一同を見ていたエリーゼは、スノウホワイトとアルカに目を向けて呟いた。
 「皆さん、とっても良い方達ですわね・・・あなた達は本当に悪魔なのですか?信じら
れません、とても・・・」
 その問いに、スノウホワイトもアルカも優しく微笑んで答えた。
 「ええ、信じられないかも知れませんが、私達は・・・闇の者ですわ。」
 覆される固定観念。でも事実なのだ。エリーゼを助け、バーゼクスに平和をもたらさん
とする彼女達は・・・闇の者、人間が忌み嫌う悪魔なのだ。
 エリーゼは真なる理を悟った。光が善で闇が悪と言うのは誤りである事を・・・
 「私もあなた達を応援しますわ、あなた達が何者であろうと構わない。」
 そして、アルカとスノウホワイトの手をギュッと握り締めた。
 
 同じ頃、ハルメイルの部下達との交戦を終えたゲルグは、レシフェ達を追い詰めていた
魔人兵士達が、強力な攻撃魔法で全滅した事を部下から告げられていた。
 「なァにィ〜っ!?上階に向かった連中が全滅しただとっ!?」
 「は、はい・・・30名いた魔人兵士達が、一瞬でやられたんであります。奴等の力は
強力です。まともに戦って勝てる相手ではありませんっ。ここは撤退した方が・・・ぐえ
っ!?」
 弱気の部下の顔面に、ゲルグの鉄拳が飛んだ。
 「この腰抜けがっ!!我々に後退などないっ、すぐに態勢を立て直して反撃するんだっ。
」
 「い、イェッサー、魔人兵士達に伝令してまいります。」
 ガタガタ震えながら去って行く部下を不機嫌そうに見ていたゲルグだったが、30人い
る魔人兵士を一瞬で葬り去る者が出現した事に懸念を抱き始めた。
 「むう・・・さっき戦った魔戦姫や魔族の部隊以上の力を持った奴が現れたか・・・あ
の凄腕のジジィと同格か、あるいはそれ以上か?」
 ゲルグは、自身の超音波砲撃を跳ね返した黒竜翁の事を思い出していた。最初は黒竜翁
が最強の者と考えていたが、魔族の仲間には他にも凄腕がいる事を知った。
 懸念を抱きながら振り返ったゲルグは、魔人兵士達に倒されたハルメイルの部下に目を
向ける。
 魔道兵器で武装していたハルメイルの部下達だったが、数で圧倒的不利だった為、あえ
なく魔人兵士達の餌食にされていたのだ。
 廊下に転がる魔族の兵士を見ていたゲルグは、まだ息のある者に歩み寄り、胸倉を掴ん
で引き起こした。
 「おい、さっきのジジィ以外に強い奴がいるはずだ。答えろ、あと何人いる?どんな技
を使うのだ?」
 引き起こされた魔族の兵士が、呻き声をあげてゲルグを睨んだ。
 「う、うう・・・だれが言うか・・・クタバレ狼野郎・・・」
 抵抗する兵士に、ゲルグは目を吊り上げる。
 「ほう、もっと痛い目に遭いたいか。クタバルのは貴様の方だっ!!」
 狼の豪腕が兵士の腕を捻る。骨がボキボキと砕け、肉が引き千切られる。
 「う、うあああーっ!!」
 「さあ言えっ!!他にどんな奴がいるっ!?吐くんだっ!!」
 ゲルグの苛烈なる拷問が兵士を苛む。でも兵士は屈しなかった。
 「あうう・・・い、言うもんか・・・俺達を、魔族をなめるなよ・・・俺達を倒したぐ
らいで良い気になるな・・・仲間が必ず、かならず、お前達の息の根を止める・・・それ
までせいぜい暴れるがいいっ!!」
 そう言い放って、ゲルグに血反吐を吐きかける魔族の兵士。
 「ぬうっ・・・きさまぁ〜っ。」
 烈火の如く怒り狂うゲルグを見た兵士は、ニヤリと笑って絶命した。彼の口から大量の
鮮血が流れ落ちている。口を割る前に、自らの命を絶ったのだ。
 「くそっ、舌を噛みやがったか・・・小癪なマネしやがって。」
 吐き捨てる様に呟いたゲルグが、兵士の体を床に投げ出した。そして集結した魔人兵士
達に檄を飛ばす。
 「これより一階のホールに向かうぞっ。奴等の狙いはドクター・デスガッドの首だ、奴
等は必ず階下に下りてくる。ホールに引き込んで叩き潰すんだっ!!」
 「イェッサーッ!!」
 敬礼した魔人兵士達が、一斉に階下へと下りて行く。
 一階のホール・・・そこはミスティーア達を奈落に堕とした快楽地獄の場所・・・魔族
は統べからず魔法陣の餌食にされるのだ。
 無論、安々と魔法陣の罠に嵌らないであろうとの考えから、ゲルグは卑劣な策略を巡ら
していた・・・
 
 階下に向かうリーリア達は、階を下がるにつれて建物の損傷が激しくなるのを見ていた。
 先程ミスティーアやレシフェ達が魔人兵士達と戦っていた跡である。
 「随分と派手にやったね・・・メチャクチャに壊れてるよ。」
 瓦礫の山と化した廊下を見ながら呟くハルメイル。階下まであと少し・・・その時であ
る。
 廊下の向こうで、黒い鎧を身に付けた兵士が大勢転がっている。
 「あれは!?」
 その有様に目を見張るリーリア達。やがて、それが・・・魔人兵士に倒されたハルメイ
ルの部下達である事を知った。
 「ああっ・・・みんな・・・わああっ!!」
 叫びながら部下に駆け寄るハルメイル。
 「しっかりしろっ、起きて・・・目を覚ましてっ!!」
 部下達の身体を必死になって揺さぶる。だが、ボロボロ状態の部下達は目を覚まさない、
身動き一つしない。
 「ごめんよみんな・・・オイラのせいで・・・」
 部下の変わり果てた姿に涙するハルメイル。そんな彼の肩をリーリアがそっと掴んだ。
 「ハルメイル様のせいではありませんわよ。それに、彼等の戦いを無駄にはできません。
早く参りましょう。」
 「うん・・・」
 リーリアに促され、涙を拭って立ちあがるハルメイル。
 「・・・みんなの仇も討ってやるよ、だから・・・」
 そう呟いたハルメイルに、物言わぬ部下達が穏やかに微笑んだ様に見えた。
 ・・・御武運を・・・
 ハルメイルと、そしてリーリア達の耳に、部下達の声が静かに響くのだった。
 
 そして、ホールで待ち構えるゲルグと魔人兵士達は、新手の魔族達の出現に備えていた。
 戦闘配置についた兵士達を見届けたゲルグが、ホールの中央で仁王立ちしている。
 その彼の耳に、部下の声が届いた。
 「ゲルグ司令、奴等が来ましたっ!!」
 その声に、ゲルグの碧眼がカッと開かれる。
 「フフフ・・・来たか。」
 ニヤリと笑うその顔に、戦いの悦びが漲っていた。やがて、ホールの前に数人の足音が
響く。
 「出てこい魔人どもめっ!!」
 ハルメイルの声と共にドアが破られ、リーリア達がホールに飛び込んで来た。
 そして対峙するゲルグとリーリア達・・・
 「フフン、バカな魔族どもが。ここが貴様等の墓場となるのだ。」
 嘲笑う狼男のゲルグに、ジャガー神が立ち向かう。
 「このワン公め〜。オレが相手だニャッ!!」
 突進する獣人、そして迎え討つ獣人・・・獣人同士の戦いであったっ!!
 ガシッと手を組み合うジャガー神とゲルグ。
 「ンニャア〜ッ、力比べでは負けないのニャ〜ッ。」
 ギリギリと押し合う両者。力比べは拮抗しているかに見えたが・・・
 「フッ、やるなネコ野郎。だが貴様は俺の敵ではない、パワーが違うんだよパワーがっ!
!」
 吠えたゲルグがジャガー神を投げ飛ばした。
 「フンニャ〜ッ!?」
 ジャガー神の巨体がゴロゴロとレシフェの元に転がって行く。力の差は歴然としていた。
ジャガー神では相手にならないのであった。
 大の字になって伸びるジャガー神の尻を、リボンで殴って叱咤するレシフェ。
 「なんですかそのヘッピリ腰はっ!?しっかりなさいっ!!」
 「ウニャ〜ン、レシフェ様。あいつ強いのニャ〜。」
 スゴスゴとレシフェの後ろに隠れるジャガー神。
 そしてホールに仁王立ちするゲルグを、レシフェは鋭い視線で睨みすえた。
 「また魔法陣で魔力を奪うつもりでしょうが・・・そうはいかないわっ!!」
 だが、そんなレシフェをゲルグは余裕の顔で一笑した。
 「クックックッ・・・魔法陣の力を使わなくとも、貴様等の動きを封じる手は他にある。
見るがいいっ。」
 その声に、魔人兵士達が数人の若い娘を引き連れて現れた。一糸纏わぬ姿で縛られてい
る若い娘達は・・・
 「そ、その子達は・・・魔族のっ!?」
 驚愕するリーリア達。魔戦姫同様に魔法陣の餌食にされていた魔族の娘達が、再びホー
ルに連れて来られたのだ。
 「その子達をどうするつもりなのっ!?」
 「決っているではないか、こいつ等には人質になってもらうのさ。」
 ゲルグが指をパチンと鳴らす。すると、ホールの周囲から大勢の魔人兵士達が出現し、
リーリア達を取り囲んだ。
 「ギッギ〜、ギィッ!!」
 凶悪に吠えながら迫る魔人兵士。リーリア達が身構えた途端、ゲルグの鋭い声が飛んだ。
 「動くなっ!!ちょっとでも変なマネしてみろ、こいつ等の命は無いと思えっ!!」
 怒鳴るゲルグが、軍靴で魔族の娘を踏み付けた。リーリア達が少しでも動けば、即座に
娘達は踏み潰されてしまうであろう。
 「うああ・・・た、たすけて・・・」
 泣きながら懇願する娘達を前に、術なく立ち竦むリーリア達。
 「なんて事を・・・卑怯者っ、その子達を解放なさいっ!!」
 リーリアの叱咤に、ゲルグはニタニタ笑いながら答えた。
 「フッ、卑怯者か・・・勘違いするな、お前達が姑息なマネをしないよう手を打ったま
での事。そう簡単にお前達を倒しては面白くないからな。」
 そう言うなり、娘を蹴り飛ばして前に進み出る。そしてリーリアを睨んだ。
 「フフフ・・・黒服の貴様は魔戦姫の親玉と見た。どうだ、俺と一騎討ちをして勝った
らこの娘どもを解放してやろう。応じないのなら・・・わかっているな?」
 邪悪な声がホールに響く。
 今はゲルグと戦っている暇などリーリアにはない。早急に黒竜翁達の元に行かねばなら
ないのだ。しかし、リーリア達に選択の余地は無かった。
 「仕方ありませんわ、あの狼男を倒して進むしかありませんわね・・・」
 再度身構えるリーリア達。
 「フハハッ、そうだ戦えっ。前に進みたいなら、この俺と戦うのだあ〜っ!!」
 突進してくるゲルグに、リーリアが単身戦いを挑む。
 「お前如きに倒される訳にはいきませんわっ、いざ尋常に勝負っ!!」
 最強魔人の狼男ゲルグと、魔戦姫の長、リーリアの直接対決の火蓋は切って落された。






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