魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀21


   賢者の石、発動する   
ムーンライズ

 デスガッドの野望が進行している頃、バーゼクス城近くの町では国務を行なっている高
官達が集まっていた。
 その日の高官達は、国王であるモルレムに国政の状況について報告するため、城へ赴く
事になっているのだが、デスガッドが城内の人払いをしてしまったために、大臣や官僚達
は町で足止めされているのである。
 町の高級レストランで昼食を取っている高官達は、デスガッドが城の中で何をしている
かの問題で話し合っていた。
 「ドクター・デスガッドは城で一体何をしているのだ?研究熱心なのはいいが、我々に
断り無く人払いなどしては困るのだが・・・」
 堅物そうな顔の高官が、少し苛立った表情で窓の外を見た。レストランの2階からはバ
ーゼクス城の雄大な姿を見る事ができる。
 その正面に座っている小太りの官僚が、ナイフとフォークを動かしながら呑気な口調で
話し掛けた。
 「まあ、そんなにイライラしなさるな。報告の内容は大した事ではない、報告は明日に
すればよかろう。」
 「そうだな、どうせ陛下は居眠しながら聞くだろうし、報告など明日でも明後日でもい
いか・・・」
 堅物の高官はそう言って溜息をつく。
 高官達にとって、国王モルレムは単に権力や恩恵の後ろ盾でしかない。そのためモルレ
ムに対する忠誠心は形だけで取り繕われているのだった。それは他の高官達も同様である。
 別のテーブルに座っている高官がウェイターの対応に文句を並べており、レストランの
支配人がペコペコ頭を下げている。
 「君はウェイターにどー言う教育をしているのかね?あんな無愛想にされたのは始めて
だ。私が誰だか知らん訳でもあるまい、不愉快にも程がある。」
 「も、申し訳ありません。今後は気をつけますので・・・」
 居丈高な高官の態度に恐縮している支配人は、お詫びにとデザートをウェイトレスに運
ばせる。
 「どうぞ緒召し上がりください。」
 愛想笑いしながらデザートを差し出す美人のウェイトレスを見た高官は、急に機嫌を治
して喜ぶ。
 「おお、わざわざスマンな。これはチップだ、とっときたまえ。」
 そう言うなり、ウェイトレスの胸元に札を押し込む高官。ドサクサ紛れに胸を触られ、
ウェイトレスは顔を真っ赤にして強張った。
 「こ、困ります・・・そんな事をされては・・・」
 「わははっ、気にする事は無いぞ。」
 高官はヘラヘラ笑いながらウェイトレスの尻をポンポン叩く。
 そんな同僚のセクハラ行為を怪訝な顔で見ていた堅物顔の高官が、急に窓の外から犬の
けたたましい鳴声がするのに気がついて立ち上がった。
 「なんだ?犬が騒いでるぞ?」
 飼い犬や野良犬を含めた多数の犬が、一斉に騒ぎ始めたのだ。犬達は、何か・・・異様
な気配を感じ取って騒いでいるのである。
 その怪しい気配は、雄大な姿を湛えるバーゼクス城から発せられているのだった。
 そして城の異変はハッキリとした形となって現れた。
 「お、おい・・・あれはなんだ?城から・・・変な光が出てるぞ。」
 驚く堅物高官の声に、他の同僚や官僚も窓の外を見た。バーゼクス城が、巨大な半円球
状の光に包まれているのだ。
 その様子は町の者にも目撃された。多くの人々が家から飛び出してバーゼクス城の異変
を見つめている。
 その光は、徐々に巨大化しながら城の外壁をも包み込もうとしていた・・・
 
 異変の大元であるバーゼクス城の地下室では、デスガッドの弟子達が賢者の石を発動さ
せていた。
 城の地下深くに設置された巨大な賢者の石から、強烈な波動を伴った光が発せられバー
ゼクス城を包み込んでいるのだった。
 光に包まれた城の外では、退去させられていた使用人やメイド達が驚きの声を上げて立
ち尽していた。
 「こ、これは一体・・・この光は・・・?」
 徐々に広がっていく光が、使用人の1人を飲み込んだ。
 「うあ?ああっ・・・うわああーっ!!」
 光に取り込まれた使用人が絶叫を上げて苦しみ始める。そして・・・彼の身体が恐るべ
き変化を始めた・・・
 身体がメキメキと膨らみ、おぞましいバケモノに変貌したのだ。
 賢者の石から発せられた光は、ファーストチームを魔人に変貌させた光であったのだ。
 バケモノに成り果てた仲間の姿に、使用人達は悲鳴を上げて逃げ出した。
 「は、早く逃げるんだーっ!!」
 城に背を向け一斉に逃げる使用人やメイドの背後から、巨大な光が迫って来る。
 「ひいっ!?」
 「きゃああーっ!!」
 悲鳴が庭に響き渡る。そして光に飲み込まれた者は次々魔人へと変貌していった。 
 その様子を自室の窓から見ているデスガッドが、満足げな笑いを浮べて呟いている。
 「フフフ・・・実に壮観ではないか。賢者の石の波動は全ての人間を魔人に変貌せしめ
る、いくら逃げてもムダな事よ。」
 そして振り返ったデスガッドは、今だ全裸で十字架に磔られたままのスノウホワイトを
見た。
 「貴様にも見えておるか?非力な人間どもが狂暴な魔人に変貌していく様を。あの光は
一両日中にバーゼクス全土を覆い尽くす。そして魔人となった人間どもは全て私の忠実な
る下僕となるのだ。その魔人を率いて・・・私は人間界を支配するのだっ。」
 「う、うう・・・なんて・・・恐ろしい事を・・・ううっ。」
 デスガッドの声に反応したスノウホワイトが、弱々しく目を開いて窓を見る。城から僅
かに離れた中庭で、光に取り込まれた使用人達が次々魔人に変貌していくのが見える。
 「もうやめて・・・これ以上・・・罪の無い人達を苦しめないで・・・」
 涙ながらに訴えるスノウホワイトだったが、デスガッドがスノウホワイトの訴えに耳を
貸す筈も無い。
 「フン、下賎な人間なぞ哀れむ価値も無いわ。まあ、貴様はそこで人間どもを好きなだ
け哀れんでいるが良い。貴様は我が後継者である最強の魔人を産み落とすまで、そこで生
かし続けてやる。」
 デスガッドが手を翳すと、床から生えている無数の触手が蠢きスノウホワイトの秘部や
豊満な乳房を弄った。
 「うああ・・・いやあ・・・あうう・・・」
 触手の先端がクリトリスや乳首を激しく責めたて、苦痛と快楽に翻弄されるスノウホワ
イト。
喘ぐその姿を陰湿に見据えたデスガッドは、マントを翻して自室のドアに歩み寄っていく。
 「ぼちぼち地下室へ行くとするか。それと・・・ひとつ言っておいてやろう。」
 ドアノブに手をかけたまま、デスガッドは話を続ける。
 「魔界の仲間が助けに来てくれるのを待ってもムダだぞ。バーゼクスを覆っている波動
は魔界ゲートの使用を拒む事ができるのだ。仮に魔族どもがこれたとしても、賢者の石の
餌食となって果てるのがオチだ。つたない希望などサッサと捨てる事だな。」
 そう言い捨て、デスガッドは自室を後にした。
 後に残されたスノウホワイトは、一糸まとわぬ身体に群がる触手に弄ばれ、魔力を容赦
無く奪い取られた。
 「うう・・・せめて、魔力が使えれば・・・魔力?」
 触手が奪っている魔力は、床にある魔法陣に吸収されている。それを思い出したスノウ
ホワイトの脳裏に1つの考えが浮かんだ。
 「この魔法陣には・・・私の魔力が・・・そうですわ・・・この魔法陣を使えば・・・」
 デスガッドは、スノウホワイトから奪った魔力を個人的に使用する目的で魔法陣に魔力
を貯めている。逆に言えば、この魔法陣を使えばスノウホワイトの魔力が元に戻るのだ。
 でも自由を奪われている彼女に、魔法陣から魔力を取り戻す術は無い。しかもデスガッ
ドの言う通り、仲間が助けに来てくれる事も望めそうに無い。
 「くう、ああ・・・あ、諦めませんわよデスガッドッ、あなたの野望は必ず・・・必ず
阻止しますわっ。あうう・・・」
 触手に弄ばれながらも、スノウホワイトは希望を失わなかった。たとえ不可能と判って
いても・・・
 スノウホワイトが必死の願いを唱えるその時であった。
 天井に空間の歪みが生じたかと思うと、そこから魔道兵器を抱えた獣人が転がり落ちて
きた。
 先ほど、レシフェによって魔界に送られたはずのジャガー神であった。
 「ンニャニャ・・・痛いのニャ〜。」
 ジャガー神は目を回して伸びており、魔道兵器と一体化していたアルカが魔道兵器から
飛び出して来た。
 「ジャガーちゃんしっかりっ。」
 「ニャ〜、ここはどこだニャ?」
 起き上がったジャガー神が、アルカと共に辺りを伺う。そして・・・2人の目に悲惨な
る状況のスノウホワイトが映った。
 「ああっ、す、スノウホワイト様っ!!」
 「う・・・?あ、アルカさん・・・ジャガー神・・・」
 その声に反応したスノウホワイトが、驚く2人の顔を見た。
 仲間が助けに来てくれるのを待ってもムダだ・・・デスガッドはそう言っていたが、彼
が去って行った正に直後、計ったかのようなタイミングで、スノウホワイトの前にアルカ
とジャガー神が現れたからだ・・・
 
 バーゼクスで賢者の石が発動したその頃、魔界から人間界に向かっていたリーリアとハ
ルメイル達は、バーゼクス城の座標位置から発生する異常な波動のため、バーゼクスに近
付けないでいた。
 巨大な壁となってリーリア達の行く手を遮る賢者の石の波動。それを前にして狼狽する
ハルメイル
 「なんだよこれ・・・先に進めないじゃないか・・・」
 「迂闊に近寄れませんわ、ここは慎重に探った方が。」
 「そんな呑気な事言ってられないよっ!!こんなものすぐに突破して・・・」
 焦るハルメイルが波動に向けて進むが、凄まじい雷撃が走り、呆気なく吹き飛ばされる。
 「うわあっ!?」
 「ハルメイル様っ!!」
 電撃を食らったハルメイルに、彼の部下とリーリアが駆け寄った。
 「しっかりしてくださいっ、大丈夫ですかっ?」
 部下に助け起こされたハルメイルは、驚くべき力を発する波動を忌々しそうに見据える。
 「ちっくしょう・・・スノウホワイトが一大事だってのに・・・」
 手も足も出ない状況に悔しがるハルメイルに、リーリアは極力落ちつかせようと声をか
ける。
 「あの波動の正体を調べねば先には進めませんわ、焦るお気持ちはわかりますが。」
 「う、うん・・・」
 リーリアに言われて黙り込むハルメイル。状況はわかるが、どうしても逸る気持ちを押
さえられないのだ。
 「やっぱり行くよ・・・この波動を破らなきゃスノウホワイトは助けられないんだっ!!
」
 叫ぶハルメイル。と、その時であった。
 リーリアやハルメイルの背後から、突如現れた2人の人物が声をかけてきた。
 「待つのじゃハル坊。あれはお主1人の力ではどうにもならんぞ。」
 「そうだよ、私達に相談も無くバーゼクスに行くなんて、少し水臭いんじゃないかな?」
 その声に振り返る一同。そこには黒竜翁とサン・ジェルマンが立っているのだった。
 「ジッちゃんっ!?それに伯爵・・・どうしてここにっ!?」
 驚くハルメイルに、サン・ジェルマンは事の次第を説明をする。
 「実は魔王様が、私達にバーゼクスへ大至急赴くようご指示を下されたんだ。バーゼク
スで暴れている堕ちた神族を一掃せよとね。」
 サン・ジェルマンの言葉に、リーリアもハルメイルも仰天した。何故その事を魔王様が・
・・?疑問を投げかけるリーリア。
 「すみませんが、詳しく説明していただけます?」
 その問いに、今度は黒竜翁が答える。
 「うむ、魔王様がこの事を御知りになられたのは、ミスティーアの持っている指輪を通
じての事じゃ。以前、魔王様がミスティーアに渡した指輪を知っておるじゃろう。」
 「ええ、存じております。」
 「ミスティーアの苦悶の声が、指輪を通して魔王様の御耳に入ったのじゃよ。無論、他
の魔戦姫の声も。」
 黒竜翁の説明を聞いていたリーリアは、魔王も敵の存在を察している事を知った。
 「では、敵の存在を魔王様はご存知ですね。ミスティーア達が戦っているのが・・・神
族である事を・・・」
 その問いに頷く黒竜翁。
 「相手が神族であるとわかった以上、我等魔界八部衆が直々に参じねばなるまいぞ。特
に・・・魔界で唯一、神族を滅する能力を持つ伯爵殿の力が必要なのじゃ。」
 その返答に、リーリアもハルメイルも息を飲んだ。
 「そうでしたわ、伯爵様なら・・・」
 「すっかり忘れてたよ、伯爵の正体が・・・」
 そこまで言いかけたハルメイルを、サン・ジェルマンは慌てて制する。
 「おいおいハル坊。私の正体は秘密だろう?」
 「あ、ゴメン・・・」
 言葉を飲み込んだハルメイルの横から、リーリアが波動の対抗策について質問をする。
 「では、あの波動の正体は如何なるものでしょうか。ハルメイル様の御力でも歯が立ち
ませんでしたわ。」
 「ああ、それについてだが・・・」
 リーリアに問われたサン・ジェルマンの顔には、女好きの遊び人としての表情は全く無
かった。
 サン・ジェルマンの重く閉ざされた口が開かれ、波動の正体が語られる。
 「あれは・・・賢者の石の波動だ。しかもかなり強力なパワーを秘めた奴に違いない。
魔界八部衆の力をもってしても対抗できるかどうか・・・」
 余りにも衝撃的な言葉に、リーリアもハルメイルも声を失った。
 神の力で阻まれた壁を突破する事は困難を極める。
 ハルメイルの部下達も交え、対抗策を思案する一同。腕組している黒竜翁が深刻な顔で
目を閉じた。
 「神力で覆われた壁を破らぬ限り、バーゼクスには辿り着けぬ。如何にすれば良いか・・
・」
 「黒竜翁、あれこれ考えても進まないでしょう。とにかく、波動の壁の突破口を探すし
かないですね。」
 サン・ジェルマンの言葉に、一同も賛成した。
 事は急を要する。ハルメイルの部下達も交え、総員で壁の周囲を探索し始めた。
 捜索する一同に、細心の注意を促すサン・ジェルマン。
 「いいかみんなっ、バーゼクス城は極めて危険な状況にある。突破口が開いても単独行
動は絶対に控えるんだっ。」
 その声に皆は速やかに返答する。
 だが、スノウホワイトを案じるハルメイルは、サン・ジェルマンの忠告を上の空で聞い
ていた。
 半円球状に広がる壁は微かに透けており、その中に陽炎の様にバーゼクス城が見える。
 それを見るハルメイルの脳裏に、彼の悲しい過去が浮かんでいた。それは・・・彼がま
だ物心ついたばかりの頃、大好きだった母と姉を不慮の事故で失った過去だった。
 幼さ故にその悲しみは深く、それ以来彼は肉体的成長を止めてしまった。実際にはすで
に成人した年齢なのだが、その容姿から(魔界童子)として呼ばれているのだ。
 そんな彼が肉親以外で始めて愛した女性・・・
 彼の最愛の君が絶体絶命の窮地に立たされている。ハルメイルは懸命になって突破口を
探し続けた。
 「オイラは母様と姉様を助けられなかった・・・もうあんな事はたくさんだっ、必ず・・
・スノウホワイトを助けてみせるっ。」
 強い念を込めたハルメイルの想いは、波動を隔てたバーゼクスに向けて送られていた・・
・
 
 そしてここはデスガッドの自室。拘束されているスノウホワイトを助けるべく、アルカ
とジャガー神が触手と格闘していた。
 床から生えている無数の触手が、2人の行く手を遮っているのだ。
 「このっ、このっ・・・きりがありませんわっ。」
 「うっとうしいのニャ〜ッ、絡みつくンじゃニャーのらっ。」
 触手を跳ね除けながらスノウホワイトの元に向かおうとするが、次々伸びてくる触手に
よって進む事ができない状態になっていた。
 「何とかしなければ・・・」
 そう呟いたアルカは、服のポケットから1枚のカードが滑り落ちたのに気がついた。
 「これは、そうだわ!!これを使えば。」
 そのカードは魔道兵器に使用する強酸の魔力カードであった。それを片手に持ち、身構
えるアルカ。
 そして触手は、アルカの動きに反応して彼女に攻撃を仕掛けようと蠢く。
 「さあ、お前達の相手はこれよ、それっ。」
 触手に目掛けてカードを投げ付ける。触手はそのカードに群がった。イソギンチャクの
様にカードを飲み込んだ触手がビクンと痙攣する。
 そして、無数の触手がシューシューと音を立てて溶け始めた。強酸のカードは瞬く間に
触手の全てを消滅させたのだった。
 「やったニャッ。」
 「ええ、すぐにスノウホワイト様をお助けしましょう。」
 障害を粉砕した2人が十字架に磔られているスノウホワイトに歩み寄ろうとした。だが、
それを慌てて静止するスノウホワイト。
 「来てはいけませんっ。床の魔法陣に入ったら・・・あなた達の魔力が全て奪われてし
まいますわっ。」
 その声に慌てて立ち止まるアルカとジャガー神。
 2人は魔法陣に仕掛けられた罠を知らない。危うくエルとアルの二の舞になる所だった。
 だが、このままではスノウホワイトを助けられない・・・戸惑っている2人に、スノウ
ホワイトが声をかけてきた。
 「・・・それにしてもあなた達はどうしてここに?デスガッドが賢者の石で魔界ゲート
を封鎖している筈です・・・」
 賢者の石が発動している今は、魔界からここにくる事はできないはずだ。
 恐るべき力を秘めた賢者の石の存在を知らされ、しばらくはどう答えていいのかわから
なかったアルカ達だったが、今は自分達の経過を話す事が先決だと判断した。
 ハルメイルから魔道兵器を受け取った以降の事を全て話すアルカ。
 「では・・・レシフェ姫もデスガッド一味の手に落ちたのですね・・・」
 「はい、私が至らないばかりに姫様は・・・ううっ。」
 「そうニャ、レシフェ様はオレ達を助けるために・・・」
 自身を責めるアルカとジャガー神。だが、今は自責に苦しんでいる暇は無い。
 スノウホワイトは2人に窓の外を見るよう促した。
 「・・・あれを御覧なさい。バーゼクスの人達が賢者の石で魔人に変貌しています・・・
あなた達がここに来たのは、賢者の石が発動した影響でしょう。賢者の石の波動であなた
達は魔界に行けず、再びバーゼクスに戻ってしまったのですわ・・・」
 「それで・・・」
 アルカとジャガー神は、促されるまま窓の外を伺う。そこには余りにも凄惨な状況があ
った。
 賢者の石の光を浴びた使用人やメイド達が次々魔人に変貌する有様が。
 悲痛な絶叫を上げる人々を見て、激しい焦りに苛まれるアルカ達だった。
 「魔界ゲートを使って魔界に向かう事もできない・・・それにスノウホワイト様を助け
る事もできない・・・私達に術はありませんわっ。一体どうすれば・・・」
 力無く膝をつくアルカを宥めるように肩を叩くジャガー神。
 「まだ諦めてはダメだニャ、お前なら何か良い考えが浮かぶはずだニャ。」
 利口なアルカなら最良の考えが浮かぶはず。そう信じているジャガー神だった。
 「ありがとうジャガーちゃん・・・でも今の私には・・・」
 自信を失っているアルカを見ていたスノウホワイトは、2人がハルメイルの発明した魔
道兵器を持っている事に気がついた。
 「あの兵器は・・・ハルメイル様が造られたものですね・・・それなら、魔力を使って
発電する魔道ジェネレーターが装備されている筈では・・・」
 スノウホワイトに言われて我に返るアルカ達。
 「ええ、レシフェ姫様や私の魔力を電力として発電するジェネレーターが装備されてい
ますわ。それが何か?」
 「私に考えがあります・・・魔道兵器を魔法陣の中に運びなさい・・・」
 スノウホワイトの言葉に戸惑うアルカ達だったが、猶予の無い2人はためらう間も無く
魔道兵器を魔法陣に運んだ。
 魔法陣に直接足を踏み入れなければ魔力を奪われる心配はない。
 魔法陣に置かれた魔道兵器を見ながらスノウホワイトは更なる指示を下した。
 「・・・魔道兵器のジェネレーターを始動させるのです。そして、魔法陣に貯められて
いる私の魔力を全てジェネレーターに充電し、それを使って光の波動を破るのです・・・
そうすれば、魔界ゲートを開いてリーリア様や魔族の方々をこちらに導く事ができるはず・
・・」
 その言葉にハッとするアルカ。スノウホワイトは奪われた魔力の全てを状況打破に使用
するつもりなのだ。
 だが、魔力を全て使い切ってしまえば・・・命の保証は無い。
 魔族としての生命を保つために少しでも魔力を残さねばならないのだが、スノウホワイ
トの性格からして、魔力を全て使い切る事を少しもためらわないであろう。
 「そんな事はできませんわっ、スノウホワイト様に万一の事があれば・・・」
 「スノウホワイト様を危ない目に遭わせられないニャッ。」
 自身の危険も省みないスノウホワイトの決断に躊躇するアルカとジャガー神だった。
 だが、スノウホワイトは心配している2人に、(大丈夫です・・・)と言うかのように
微笑んだ。
 「心配ありませんわ・・・私には聞こえるのです・・・ハルメイル様が私を呼ぶ声が・・
・必ず、ハルメイル様とリーリア様が私達を助けに来てくださいます・・・」
 そう言いながら少し上を見上げる彼女の目には、確かな希望があった。アルカ達の耳に
は入らないが、スノウホワイトには聞こえるのだ、ハルメイルの切なる声が・・・
 「スノウホワイト様・・・」
 僅かばかりの沈黙の後、アルカ達は指示に従う決意を固めた。デスガッドが気付く前に
魔道兵器を始動させなければならないのだ。
 「では、いきますっ。」
 アルカは魔道兵器に手を伸ばし、サイドパネルを開ける。
 手動でジェネレーターの可動力を最大値に設定して、震える手でスイッチを入れた。
 ギュウウーンッと音が響き、ジェネレーターが勢い良く回転を始める。そして、魔法陣
に蓄えられたスノウホワイトの魔力がジェネレーターに逐電されていく。
 その勢いは凄まじく、瞬く間に魔法陣から魔力を吸収し、更にスノウホワイトからも魔
力を吸収し始めた。
 「はうっ、きゃあああーっ!!」
 十字架に磔られたスノウホワイトの裸体に、ジェネレーターから迸った電流が駆け巡っ
た。電流は容赦無くスノウホワイトから力を奪い、悲痛な叫び声が部屋全体に広がった。
 「あうっ、ううあああーっ!!」
 「スノウホワイトさまっ!?」
 叫ぶスノウホワイトに駆け寄ろうとしたアルカを、慌ててジャガー神が押さえた。
 「離してジャガーちゃんっ!!このままではっ。」
 「もうダメだニャッ、手が付けられないニャ・・・。」
 暴走する魔道兵器に近寄る事もままならない2人は、ただオロオロと見守るしかなかっ
た・・・
 やがて魔力を吸収しきった魔道兵器のジェネレーターからキンキンと音が響き始める。
臨界点に達したジェネレーターが暴発しそうになっているのだ。
 それを見たスノウホワイトが残った力を振り絞って叫んだ。
 「今ですっ・・・は、早く魔界ゲートを・・・!!」
 「は、はいっ!!」
 その声に悲痛な思いを振り切って駆け寄ったアルカは、魔道兵器に手を当ててジェネレ
ーターのパワーを解放する。
 「ま、魔界ゲートオープンッ!!」
 逐電された全電力が魔力となって迸る。その力が光の波動を破って闇への扉を開けた・・
・
 
 そして魔道兵器から迸った力が、光の壁に遮られていたハルメイルとリーリアの前に噴
出する。
 「あれは・・・!!」
 壁を突き破った魔力の元に、ハルメイルとリーリアが血相を変えて駆け寄った。
 「この魔力はいったい?どうやって・・・」
 驚くリーリアに、目を見開いたままハルメイルが口を開いた。
 「これはスノウホワイトの魔力だ・・・間違い無い、スノウホワイトが魔力を全て使っ
て波動の壁を破ったんだっ!!」
 叫んだハルメイルは、ためらう事無く破られた壁の穴に身を投じた。
 「スノウホワイトッ、今助けに行くよっ!!」
 「お、お待ちくださいっ!!今行っては危険ですわっ!?」
 リーリアの制止を振り切り、ハルメイルは壁の向こうに消えて行く。
 「ハルメイル様・・・」
 呆然とするリーリアの背後に、戸惑った顔のサン・ジェルマンと黒竜翁が現れる。
 「やれやれ・・・単独行動は絶対にするなと言ったのに・・・」
 「スノウホワイトの事になると見境が無くなるからのお、困ったもんじゃわいハル坊は。
」
 溜息をついた黒竜翁だったが、そんな黒竜翁もハルメイルを追って速やかに穴に飛び込
んでいった。更にその後をリーリアも続く。
 「2人とも何を考えて・・・わっ!?」
 うろたえるサン・ジェルマンの後ろから、ハルメイルの部下達が雪崩の如く押し掛けて
来る。
 「ハルメイル様ーっ、我等もお供致しまーすっ!!」
 我先に穴へ飛びこむ部下達。そして最後に残ったサン・ジェルマンがブツブツ文句を言
いながら穴を見つめた。
 「仕方が無いなあ・・・まったく。」
 頭を掻きながら少し苦笑いをしたサン・ジェルマンは、身を翻して皆の後に続いた・・・
 
 魔力の全てを放出した魔道兵器が、バキバキと音を響かせて壊れ始める。臨界点を超え
た使用で爆発寸前になっているのだ。
 「大変ですわっ、早く魔道兵器を止めないとっ!!」
 「爆発したらスノウホワイト様が吹っ飛ぶニャッ!!」
 慌てふためくアルカとジャガー神。だが、暴走した魔道兵器を止められない。しかも・・
・スノウホワイトを助け出す時間も全く無い。
 十字架に磔られたままのスノウホワイトに逃げる術は無く、魔道兵器が爆発すれば一巻
の終わりだ。
 「もう・・・いいですわ・・・私に構わず早く逃げなさい・・・」
 死を覚悟したスノウホワイトは、2人に早く逃げるよう促した。
 「そんな事できませんっ!!命に代えても守りますっ!!」
 「スノウホワイト様を死なせないニャッ!!」
 両手を広げてスノウホワイトを庇う2人。
 「あなた達・・・」
 キュッと閉じた目から涙が一筋流れた。
 (ハル坊・・・ごめんなさい・・・私は・・・)
 やがて、魔道兵器から凄まじい閃光と爆音が発せられる。
 もうダメだ・・・
 3人の脳裏に死の悪夢が広がる。だが、爆発の被害は3人に及ばなかった。
 一体どうしたのか・・・
 恐る恐る目を開けた3人は、驚くべき状況を目の当たりにする。
 「は、ハルメイル様っ!?」
 なんと、突如現れたハルメイルが魔道兵器の爆発を念力で半減させ、スノウホワイト達
を守っていたのだ。
 両手を前に出し立っているハルメイルの身体中に、魔道兵器の破片が突き刺さっている。
 「ふう・・・よかった、間に合った・・・」
 血塗れになって呟くハルメイルは、スノウホワイトに向き直って片手をかざした。そし
て念力を振り絞り、スノウホワイトを束縛している十字架を破壊する。そして、崩れる十
字架から投げ出されたスノウホワイトを、アルカとジャガー神が受け止めた。 「だ、大
丈夫ですかっ!?」
 スノウホワイトを抱き抱えたアルカ達は、負傷しているハルメイルの傍らに駆け寄った。
 ヨロヨロと歩くハルメイルの目が、真っ直ぐスノウホワイトを見つめていた。
 「す、スノウホワイト・・・」
 「は、ハルメイル様・・・」
 互いの名を呼び合った2人は、キズだらけの身体を強く抱きしめあう。
 「ゴメンね・・・助けるのが遅れたよ・・・」
 「いいえ、私を守るためにこんなケガを・・・ごめんなさい・・・」
 涙を流して喜び合う2人の傍らに、潤んだ眼のリーリアが歩み寄って来た。
 「よかったですわ・・・無事だったのですね・・・」
 そう呟いたリーリアは、背中から黒い翼を出現させて2人を包み込んだ。翼から漏れる
穏やかな光が2人の身体を優しく癒していく。
 リーリアに癒される2人の元に、心配げな顔の黒竜翁とサン・ジェルマン、そしてハル
メイルの部下達も駆け寄って来た。
 「ハル坊・・・全く無茶をしおって・・・」
 「本当だよ、私達がどれだけ心配したか。」
 呆れた顔で呟く2人を見て、ハルメイルは申し訳なさそうに笑った。
 「えへへ・・・心配かけちゃったね、ジッちゃん、伯爵。それにみんなも。」
 涙ぐんでいる部下にも謝罪するハルメイル。
 「ううっ、ご無事で何よりでありますぅ〜。」
 喜び合う一同だったが、一同がいるのは邪悪なる巣窟の真っ只中である。
 悪の権化たるデスガッドを倒し、囚われているミスティーア達を助け、そしてバーゼク
スの民を救う使命が正義の魔族たる彼等にあるのだ。





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