魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第一話2


  招かれざる男、そして悲劇
ムーンライズ

 会場の正面玄関が荒々しく開かれ、派手なロングコートを羽織った1人の若い男が姿を
見せた。
 突然の事に、会場の来賓達が驚愕の声を上げる。
 「な、なんだ君はっ!?」
 その男は身の丈180cm以上はあろう長身で、短く刈り込んだ髪を金髪に染め、唇と
鼻にはピアスを付けている。
 それは華やかな会場の雰囲気とは掛け離れた、毒々しい雰囲気の漂う無頼漢であった。
 「なんだチミは、てか?お約束のセリフだ。」
 やさぐれた態度のその男は、肩を揺らしながら鼻歌を歌い、異様な目付きで周囲を伺っ
た。
 「フ〜ン、フフン・・・どいつもコイツも貧弱な面してるぜェ・・・」
 ニヤニヤ笑いながら周りを見るその男に、1人のお坊ちゃん的な貴族が詰め寄った。
 「お、おい君・・・こ、ここは君が来るような所ではないぞ・・・」
 「ああン?なんか文句でもあンのかよ、クソが。」
 男にクソ呼ばわりされたお坊ちゃんは、逆上して食って掛かる。
 「く、クソぉ!?き、き・・・きさまっ・・・だ、だれがクソだっ。」
 「クソをクソって言ってなにが悪い。御上品なクソ坊ちゃんがよぉ。」
 男は、貧弱なお坊ちゃん達を鋭い眼光で睨み据える。その眼光に、お坊ちゃん達は思わ
ずたじろいだ。
 お坊ちゃん貴族達だけではない。その場にいる一同全員、この無頼漢に声すらあげる事
も出来ず硬直している。平穏無事に過ごしてきた彼等にとって、この様な輩に対しての免
疫が無いのである。
 不甲斐ない貴族達を、男は嘲笑った。
 「ハッ、情けねえ奴。ケツの穴のちいせえチキンどもが・・・」
 侮蔑の目で一瞥をくれた男が、怯えるミスティーアに歩み寄ってきた。
 「コンバンワお姫様、噂に違わず御美しい。今夜はアナタにとって最高の夜となるでし
ょうねぇ〜。」
 名前すら名乗らずミスティーアに声をかけて来たその男を、ミスティーアは恐怖を振り
絞って睨み返した。
 「名を名乗りなさい無礼者っ。あなたは一体何者ですかっ!?」
 「おおーう・・・無礼者っときたもんだぁ〜。へへっ、気の強いお姫様だ、気に入った
ぜ。」
 見下すような目付きで、男は始めて己の名を口にした。
 「オレ様の名はガスターク。暗黒街じゃあ、帝王って呼ばれてる男だ。領主様ともども、
短い付き合いになると思うがよ、ヨロシク頼むぜ。」
 その男、ガスタークは不敵に笑いながらミスティーアに近寄ろうとした。
 そんなガスタークの前に、ミケーネル領主そして10人の子息が立ち塞がった。
 「ガスタークとやらっ、貴様・・・娘に指一本でも触れたら只では済まんぞっ!!警備
兵は何をしているっ、この狼藉者を叩き出せっ!!」
 声の限りに怒鳴る領主を前にして、ガスタークはゲラゲラと笑い出した。
 「ギャハハッ、警備兵だと?あのカカシどもの事かぁ?あいつ等ならオネンネしてるぜ、
血塗れになってよぉ。警備兵どもは全員、オレ様の手下が始末したのさ。」
 「な、なに・・・」
 ガスタークの言葉に、その場にいた全員が声を失った。
 部外者が入り込まない様、警備を敷いている筈なのに、ガスタークは悠然と会場に乗り
こんで来たのだ。と、言うことは・・・ガスタークの言葉通り、警備兵達は全員始末され
ていると言うことである。
 「そんな・・・そんなバカな・・・」
 「マヌケが、いまさら気が付いても遅せーんだよ。さあ、晩餐会はこれからが本番だっ、
イッツ、ショーターイムッ!!」
 ガスタークの声と共に、側面上部のステンドグラスが割れ、そこから無数の人影が奇声
を上げながら会場に出現した。
 「ヒャーホウッ!!」
 手に武器を持ったガスタークの手下どもが飛びこんで来たのだ。彼等は全員、奇抜な服
を身にまとい、手にナイフやクロスボウなどの武器を持っている。
 そして地獄の餓鬼さながらに、美しく飾られた会場内を荒らし略奪行為を始めた。
 「さあやれっ、遠慮はいらんぞ。奪えっ、犯せっ、ブッ壊せーっ!!」
 ガスタークが手下達をさらにけしかける。
 突然の乱入者達に、会場にいた婦女子が悲鳴を上げて逃げ惑い、丸腰のお坊ちゃん貴族
達は、武器を持った手下達に取り囲まれて袋叩きにされた。
 それは余りにも突然だった・・・華やかな晩餐会が一変して修羅場と化した。
 イレギュラー的事態などと甘い表現では済まされなかった。
 この様な襲撃を全く予想していなかった会場の貴族達は、抵抗する術もなく一方的に蹂
躙された。
 襲撃者の悪烈な行為に、ミスティーアは呆然と立ち竦んでいる。
 「あ、ああ・・・どうして・・・こんな事が・・・」
 そして、何をどうしていいのかも判断できぬまま、ただ恐怖に震えるミスティーアを、
彼女の兄達が守った。
 「アドニス、お前はミスティーアを連れて逃げるんだっ。ここは私達が何とかする。」
 「判った兄さん、まかせて。」
 兄の言葉に、アドニスはミスティーアの手を取って奥に逃げる。
 「さあ早く逃げるんだミスティーアッ。エルとアルも。」
 アドニスとミスティーアの後に、侍女のエルとアルも続く。双子の侍女達は恐怖に震え、
そして神に祈った。
 「こ、怖いですわアドニス様・・・姫様・・・」
 「ああ神様・・・助けてくださいの・・・」
 2人は泣きながらミスティーアに寄りそっている。
 「もうダメだわ・・・私達・・・あの人達に・・・」
 「諦めちゃダメだっ、安心して。僕がお前を守ってやる。」
 挫けそうになる妹を、アドニスは力強く励ました。
 だが、そんなアドニス達の耳に、両親と兄達の悲鳴が聞こえた。
 「う、うわあっ。」
 「に、逃げろミスティーアッ、アドニ、あうっ。」
 武器を持っていない兄達は、手下達の放ったクロスボウの矢を全身に浴びて次々倒され
た。
 「ああっ!!に、兄さんっ、お父様っ!!」
 振り返ったアドニスとミスティーアの目に、壮絶なシーンが飛び込む。
 「ぐうああ・・・おのれ・・・」
 まだ息のあるミケーネル領主が、全身に矢を刺されたまま、最後の力を振り絞って立ち
あがってきた。
 そんな領主に、ガスタークがニタニタ笑いながら歩み寄る。
 「ほう?まだ生きてるのか、しぶとい領主様だ。さっさとクタバレ。」
 懐から拳銃を取り出したガスタークは、領主の眉間に弾丸を撃ちこんだ。領主は声すら
上げられぬまま、床に倒れ伏した。
 「だから言っただろ、短い付き合いになるって。ヒャーハハッ!!」
 ガスタークの嘲笑う声が会場に響いた。もはや、この狂った悪魔を止める者はいない。
ガスタークは正に、神をも恐れぬ悪魔だ。
 「いやーっ!!」
 血の惨劇を前にして、ミスティーアは絶叫した。
 そして怒り狂ったアドニスが無謀にも、銃を持ったガスタークに向かって飛びかかって
行った。
 「きさまーっ!!よくもおっ!!」
 「ハッ、吠えンじゃねえガキがっ。」
 そう言うや、アドニスの腹部に拳銃を発砲した。
 「う、うああーっ!!」
 悲鳴を上げて床に転がるアドニス。
 「ギャハハッ、ガキのくせに強がるからそうなるんだぜ〜。」
 血塗れになって横たわるアドニスを、ガスタークは卑劣な目で見据える。
 余りの耐え難い現実に、ミスティーアは気がおかしくなりそうになっていた。
 「ああ・・・アドニス兄さんまで・・・ひ、酷い・・・酷すぎる・・・」
 怒りと恐怖と狂気に苛まれるミスティーア。倒れた父親や兄達に駆け寄ろうとするが、
余りの恐怖と絶望に足が竦み、何も出来ない有様だ。
 そんな彼女に、凶悪なガスタークは鋭い視線を向けた。
 「可愛いお姫様よお、次はアンタの番だ。オレ様が直々に可愛がってやるぜ〜。」
 可愛がる・・・その言葉を聞いたミスティーアの全身に、おぞましい恐怖が駆け巡った。
 「い、いったい何をするつもり・・・」
 「何をだあ?決まってるじゃねーか。おめえの○マン×にオレ様のコックをブチ込んで
やるってコトさぁっ!!」
 ガスタークの口から、下劣にして卑猥な言葉が発せられ、その言葉がミスティーアの無
垢な胸に突き刺さる。
 そんなミスティーアを、エルとアルの2人が庇った。
 「ひ、姫様をイジメる人は、あ、あたし達が許しませんわ・・・」
 「そ、そうですの。あ、あたし達が姫様をお守りしますの・・・」
 震えながらも、ミスティーアを両側から抱きしめ、ガスタークの魔の手から守ろうとす
るエルとアル。
 そんな侍女達の姿を、ガスタークは疎ましく見た。
 「チッ、手間かけさせやがって・・・おいラット、グスタフ。そいつ等を押さえろ。」
 「へい、ボス。」
 ガスタークの声に応え、2人の手下達が姿を見せた。
 1人は背の低い痩せた男で、細長く尖った顔に卑屈な目付きをしている。名前はラット
と言い、その名の通りドブネズミのような奴だ。
 もう1人はグスタフと言う名で、大きな体にツギハギのようなキズが幾つもある。頭の
鈍そうな間抜けた顔にもキズがあり、さながら出来そこないのフランケンシュタインとい
った風貌だ。
 どちらも、首領のガスタークに負けない程の凶悪な面構えである。
 「キヒヒッ、お姫様も可愛いけど、侍女もカワイイぜ〜。」
 「ああ?ごいつ等おんなじ顔だあ。おれどっちイジメようがなあ・・・」
 2人が怯えるエルとアルに迫る。
 「い、いや・・・」
 「イヤじゃねーぜっ、おらっ!!」
 ラットがエルに飛びかかってミスティーアから引き離した。
 「そんじゃ、おれはごっちだあ。」
 続いてグスタフがアルを抱えて持ち上げた。
 「いやーっ、たすけてーっ、ひ、姫様ーっ!!」
 「ミ、エルーッ、アルーッ!!」
 1人にされ泣き叫ぶミスティーアの襟首を、ガスタークが掴んだ。
 「さあて、お楽しみと行こうか。」
 「は、離してっ。」
 叫びながらガスタークの手を払おうとするが、非力な少女の腕で抵抗できるわけがなく、
首根っこを掴まれた子猫の様に吊り上げられてしまった。
 「ああ、もうダメ・・・」
 呟いたミスティーアの目に、負傷しながらも床を這いずって自分達に近付いてくるアド
ニスの姿が映った。
 「に、兄さんっ!!」
 「なにぃ〜?」
 ミスティーアの声に、ガスタークは足元を見た。そこには、ガスタークの足首を掴んで
睨んでいるアドニスの姿が。
 「きさま・・・ミスティーアを・・・僕の妹を・・・返せ・・・」
 「てめえ〜、ズボンが血で汚れたじゃねーかっ。どーしてくれンだよっ!!」
 アドニスの顔面にガスタークの蹴りが炸裂した。血反吐を吐き動けなくなったアドニス
を、ガスタークは容赦無く蹴り飛ばす。
 「やめてーっ、兄さんをイジメないでーっ!!」
 叫ぶミスティーアの声に、ガスタークはようやくアドニスを蹴るのを止めた。そして床
に転がっているアドニスに視線を移した。
 「あーあ、ダメだこりゃ・・・悪りーな、おめえの兄貴はクタバッちまったぜ。」
 ヘラヘラ笑いながらアドニスの頭をグリグリ踏みにじるガスターク。
 「え・・・そ、そんなまさか・・・アドニス兄さん・・・」
 ミスティーアの心を、狂おしい絶望が押し潰した。それはラット達に捕らわれているエ
ルとアルも同様だった。
 「う、うそですわ・・・アドニス様まで・・・」
 「い、いやですの・・・アドニス様、目を覚ましてくださいの・・・」
 ミスティーアと2人の侍女達に、もはや助かる道は完全に閉ざされてしまった。残って
いるのは・・・恐怖と絶望のみ・・・
 ミスティーア達を連れ去ろうとするガスタークに、略奪を終えた手下が声をかけてきた。
 「ボス、貴族どもはどーします?」
 会場の中央に、負傷させられた貴族や、屋敷の使用人が男女別に集められており、手下
はその貴族達の処分をガスタークに尋ねたのだ。
 「聞くまでもねえだろ。若い女はお前等で可愛がってやれ。用無しの野郎どもは全員始
末しろ。」
 ガスタークは首筋に親指を当てて引く仕草をしながら、冷酷非情な命令を下した
 「へいっ、わっかりやした。」
 嬉々とした手下達は、速やかにボスの命令を実行する。
 そして・・・会場は貴族達の絶叫が響く阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
 男は情け無用で血祭りに上げられ、若い女は無理やり強姦された。
 「ヒイッ、助けてっ!!」
 「いやあっ、もうやめてぇ・・・」
 強暴なケモノと化した手下達によって、女達は丸裸にされて純潔を奪われた。
 そんな様子を見届けたガスタークは、エルとアルを抱えているラットとグスタフに向き
直った。
 「さあ、オレ達も楽しもうぜ。お前等はオレに付き合え。」
 ボスの声に、2人の下劣な手下達も呼応する。
 「合点ですぜ。」
 そして3人は、ミスティーア達を料理するべく近くの部屋へと入っていった。
 ガスタークに担がれたまま、ミスティーアは声の限りに泣き叫んだ。
 「いやーっ、アドニス兄さんっ、アドニス兄さーんっ!!」
 何度も、何度もアドニスの名を呼んだ・・・しかし、アドニスは起き上がれない。
 そんなミスティーアを嘲る悪党どもの笑いが、悲劇の会場に響き渡った。
 「いいざまだなお姫さまーっ、ボスに可愛がってもらいなーっ。」
 「ボス、俺達にもお姫様を回してくださいよーっ。」
 手下の声に、ガスタークは手を上げて応える。
 「おう、オレ様のコックでアソコがガバガバになったのでいいなら回してやるぜ。」
 ボスの返答に、手下達はミスティーアの順番争いを始める。
 「ボスの次は俺が先だっ。」
 「何言いやがるっ、俺だ俺だっ。」
 悪党どもの喧騒が響く中、声に混じって掠れた呻き声があがった。
 「う・・・ミスティーア・・・」
 それはガスタークに痛めつけられ、血の海に沈んでいたアドニスから発せられたものだ
った。その声は妹ミスティーアにのみ届いた。
 最愛の妹を奪われたアドニスの無念の声は、静かに、そして空しく消えて行った・・・
 「ああ、アドニス兄さん・・・私に力があったら、こんな卑怯な悪党なんか・・・だれ
か力をください・・・悪魔でも誰でもいい・・私に力を・・・」
 ミスティーアは無意識の内にそう口にしていた。
 その声は静かに闇に吸いこまれ、やがて・・・闇の正義を支配する者達を呼び寄せる要
因となった。
 闇の正義を司り、悪を滅する力を秘めた魔戦姫達を呼び寄せる要因に・・・




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