魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)第2話.伏魔殿の陰謀3


   魔界での修行
ムーンライズ

 闇の者が住む魔界。そこは人間界とは全く別の異次元の世界である。
 一般的に、(魔界)と言えば暗くて陰鬱なイメージが成されがちだが、それは単なる固
定観念に過ぎず、実際の魔界の様相は人間界のそれと酷似しており、山あり谷ありの地形
には木々が生い茂り、様々な動物が平穏に暮らしている。
 人間界と違う点は、動植物の生態系や種類が若干違う事と、魔界の空が、常に赤いと言
う事であった。
 人間界の晴天が青いのに対して、魔界の晴れ渡った空は夕焼けの様に赤いのだ。だが、
その赤い色には威圧感や不気味さは無く、透き通った赤はあくまで穏やかな色である。
 魔界の赤い空に映える山脈の裾野に存在する魔戦姫の修行場において、魔術の修行を行
なっているその者は、かつて人間界でミケーネルの宝石と称えられていた姫君であるミス
ティーア姫、その人であった。
 海洋都市国家ミケーネルで起こった悲劇・・・ミスティーア姫のお披露目を兼ねた晩餐
会が悪漢ガスターク一味に襲われた惨劇から早、半年が経過していた。
 魔戦姫の長リーリアにより闇の洗礼を受けたミスティーア姫は、人間界での全てを捨て
て闇の正義を司る魔戦姫の一員となり、魔界で生きていく為に必要不可欠な能力・・・魔
術の習得に日々明け暮れている。
 芝生が敷き詰められた修行場で、稽古着姿のミスティーアは自身の能力である炎を操る
力(ファイヤースターター)の修練を行なっている。
 芝生の端には魔戦姫のメンバーである天鳳姫と、彼女の師匠である魔界仙人、黒竜翁。
そして魔界伯爵、サン・ジェルマンが修練の様子を見守っていた。
 両手を前に出した姿勢のミスティーアは、精神を集中させて数m先を見つめた。
 「ふうう・・・」
 深く息を吐き出し、そして止める。それと同時に、ミスティーアの艶やかなカールヘア
ーがフワリと浮かび上がった。
 バシュッ!!
 微かな音と共に、芝生の上に真っ赤な炎が発生する。ミスティーアの発火能力によって
発生した精神の炎だ。
 その炎を前に、ミスティーアは美しい瞳をカッと開き、叫んだ。
 「紅き炎よ、猛き竜となれっ。フレイムドラゴンッ!!」
 その声と共に、炎が竜巻の様に高速回転を始めた。全てを焼き尽くす程の勢いで上昇し
た炎は・・・紅きフレイムドラゴンへと変化したっ!!
 それは正に、猛る炎の竜であった。全身を覆う炎の鱗がメラメラと燃え盛り、怒りに燃
える目がギラギラと輝いている。
 悪なる者を燃やし尽くさんとするフレイムドラゴンを見た一同が、驚嘆の声をあげる。
 「おおっ・・・す、すごい・・・」
 すごい・・・それしか言う言葉は無かった、それ以外の表現方法がなかった。
 凄まじいのだ、声を発する事も出来ないほど・・・
 フレイムドラゴンを生み出したミスティーアは、直立したまま両腕をスッと竜に向ける。
 その指先がマリオネットを操るかのように動き、それに合わせてフレイムドラゴンが空
中を舞う。
 「飛べ、我が意思のままにっ!!」
 ミスティーアの凛とした声が響き、炎の竜はミスティーアの意のままに上空を駆け巡っ
た。
 キィオオオーンッ!!
 大きく開かれた口から、凄まじい咆哮が発せられる。その咆哮は、全ての者を一瞬で萎
縮させるほどの迫力があった。
 ミスティーアの視線が、芝生の上にある木製の人型に向けられる。そして炎の竜に命じ
た。
 「目標を殲滅せよっ、ドラゴンアタックッ!!」
 その声に、フレイムドラゴンは怒涛の勢いで人型目掛けて突進する。
 ドオオーンッ!!
 轟音が辺りを揺るがし、人型は木っ端微塵に吹っ飛んだ。
 大爆発と共に炎の竜は消滅し、芝生には粉々になった人型の残骸がパラパラと降り注い
だ。
 フレイムドラゴンが人型を粉砕するのを見た黒竜翁が、驚きと喜びの混じった目で賞賛
の声を上げた。
 「見事じゃっ!!」
 感嘆の声でミスティーアを賞する黒竜翁。そして天鳳姫とサン・ジェルマンも賞賛の拍
手を送った。
 「やったアルね、ミスティーア姫。」
 「ようやくコツを掴んだ様だね、よくがんばった。」
 3人の拍手に、ミスティーアは照れた顔で喜んでいる。
 「ふう・・・やっとうまくいきましたわ。皆さんのおかげですっ。」
 芝生には幾つもの焦げ跡が残っている。それを見れば、彼女がかなりの修練を積んでい
る事が伺えた。
 ミスティーアは、自身の精神力を炎に変えて繰り出す事が出来る。つまり、念ずるだけ
で炎を発生させ、目標物を焼き尽くすのである。
 だが、単に炎を発生させるのは簡単なのだったが、それを自在に操るのが難しいのであ
った。
 ガスターク一味を倒した時は、リーリアの助力もあって何とか炎を操ったのであるが、
自力のみでの使用となればそれなりの修練が必要であった。
 精神の集中が不可欠であると考えた彼女は、魔界最高の技巧を誇る黒竜翁に願い出て、
直々に手解きを受けていた。
 それから半年・・・黒竜翁の課した厳しい修行に耐えたミスティーアは、ついに炎を自
在に操る能力を身につけたのであった。
 ミスティーアの成長ぶりに黒竜翁は満足げである。
 魔界八部衆の1人である黒竜翁は、魔界の仙術や気功術などの師範であり、天鳳姫を始
めとする多くの弟子達に自身の技を伝授している。
 ミスティーアや魔戦姫のメンバーも、彼から様々な技を指導してもらっているのである。
 「良く頑張ったものじゃ、最初は暴走して、その辺火の海になったからのお。まあ及第
点とまではいかんが、ここまで向上したのじゃから大したものだ。」
 ホッホッホッと軽い笑いをあげる黒竜翁に、ミスティーアは感謝の意をこめてペコリと
頭を下げた。
 「本当にありがとうございます、色々とご指導頂いて・・・」
 「いやいや、お主の頑張りがあっての事じゃよ。いかに優秀な訓練を施そうとも、本人
がその気にならねば何も成しえぬのじゃ。なにせ、天鳳姫などは気の修練をサボってばか
りおったから、技を習得するのに1年もかかっておったからのお、ホッホッホッ。」
 笑いながら、傍らにいる直弟子の天鳳姫のお尻をポンポン叩く黒竜翁。
 「お師匠様・・・ドサクサに紛れてお尻触らないでほしいアルよ。」
 お尻を触られた天鳳姫のコメカミに(ピキッ)と血管が浮いている。
 「ノホホッ、良きかな、良きかな・・・」
 「なーにが良きかなアルですかっ、この変態仙人っ!!」
 「おおっ、今のは冗談じゃ、これやめんか!?うひゃひゃっ。」
 「セクハラは、くすぐりの刑アルよ〜っ。」
 天鳳姫に脇の下をくすぐられて笑い転げている黒竜翁。その様子を、ミスティーアはク
スクス笑いながら見ている。
 そのミスティーアの横に、サン・ジェルマン伯爵が歩み寄って来た。
 「見事だったねミスティーア。魔界でも君ほどの才能のある者はいないよ。」
 「そんな・・・伯爵様にまでそう言ってもらえると嬉しいですけど・・・でも、その・・
・才能があるだなんて・・・」
 嬉しいやら恥かしいやらで照れているミスティーア。
 「いや、お世辞じゃないよ。本当に君には才能がある。もっと修練を積めば最高の魔力
の使い手になるだろう、これからも頑張りなさい。」
 「はいっ。」
 元気良く答えるミスティーアに、優しく微笑むサン・ジェルマン。
 魔界八部衆の1人であり、魔界伯爵の肩書きを持つ彼は、魔界における学術、芸術顧問
を司っており、学術部門においての最高権威たる魔界アカデミー学長を務めている。
 魔戦姫達も、彼に学術面で教授してもらう事が多い。
 だが、堅苦しい事に縛られるのを嫌っている彼は、普段は飄々とした生活を送っており、
(遊び人のサン・ジェルマン)として浮名を馳せている。
 そんな(遊び人のサン・ジェルマン)が、暇つぶしにとミスティーアの修行経過を見学
しに来ているのだ。
 ミスティーアを見ていた彼は、何か思い出した様な顔をした。
 「そうだ、君が技を習得したご褒美と思って、これを持ってきたんだ。見たまえ。」
 そう言ったサン・ジェルマンは、懐から小さな機械を取り出した。大きさは縦10cm、
横幅5cm程で、表面は銀色に光る薄い軽金属で覆われている。無機質なその物体には、
レンズと思しきものが8個組み込まれており、銀色の物体の横についているボタンで操作
する仕組みになっているようだ。
 「なんですか?これは。」
 サン・ジェルマンの手にある(奇妙な)機械を不思議そうに見ているミスティーア。
 「これは立体映像機だ。撮影した映像を立体的に映し出す事が出来る機械・・・ああ、
そうか、君には魔法の道具と言った方がいいかな。」
 「はあ、魔法の、ですか?立体の何とかと言われましても、よくわからないんですが・・
・」
 立体映像機との言葉に、ミスティーアは頭の上にクエスチョン・マークを大量に浮べて
戸惑っている。
 彼女が不思議がるのも無理はなかった。何しろ、彼女は中世時代の(元)人間だったか
らである。
 化学文明が発達していないこの時代には、まだ(機械)などという代物は存在せず、辛
うじてカラクリのオモチャかネジ巻き式の時計がある程度だ。
 サン・ジェルマンが見せたこの機械は、現代風に言い換えれば3−D映写装置であった。
 魔界での科学技術はミスティーアの時代を遥かに凌駕しており、魔術との融合により、
現代世界の技術でも成し得ない成果を確立していたのである。
 戸惑っているミスティーアに、サン・ジェルマンは魔界の科学技術の真髄を披露した。
 「論より証拠だ、これを見れば驚かずには居られなくなるはずさ。」
 彼が映像機のボタンを押すと、映像機の8個のレンズから光が放たれ、何も無い空間に
立体的な画像が映し出された。その映像は・・・ミスティーアに息を呑むほどの驚きを与
えた。
 「こ、これは・・・ミケーネル城の・・・」
 立体映像で映し出されたそれは・・・ミスティーアにとって最も想い出深い場所、彼女
の故郷であるミケーネル国の城であった。
 ミスティーアにとって、半年ぶりに見る懐かしき我が家である。
 立体的に映し出されたミケーネル城は、その美しい全体像を立体画面一杯に現した。画
像はアングルを変えながら城の周囲360度回転し、やがて城の一角に視点を固定した。
 視点は城の下部に固定され、その場所にズームインしていく。視点は城の外壁から開け
られた窓に移動し、その内部を映し出した。
 そこはミケーネル城の剣術道場であった。軍隊の司令官や城を守る騎士達など、軍の上
級幹部が剣術の修練を行なっている道場である。
 広い道場には数多くの武人達が木剣を手にして訓練に明け暮れており、やがて画像の視
点が、ある1人の人物に固定された。
 その人物を見たミスティーアが、感嘆の声を上げる。
 「アドニス兄さん・・・アドニス兄さんだわっ!!」
 その立体画像に映された人物・・・それはミスティーアの最愛の兄、アドニスであった。
 ミスティーアは息が詰まりそうになるほど驚き、飛びあがらんばかりに喜んだ。
 もう2度と姿を見る事が出来ないと思っていた兄の姿を、映像とはいえ見る事が出来た
のだ。
 だが、彼女はアドニスの格好を見て目を見張った。
 アドニスは、お世辞にも逞しいとは言えない体に剣術の練習用の防具を付け、木剣を持
って剣術の練習に励んでいたのである。
 アドニスは、頼り無い足取りで指南役の師範相手に打ち込みをするが、あっさり交わさ
れて転倒する。それでもアドニスは諦める事無く、師範に頭を下げてもう一度稽古をつけ
てもらう。
 立体映像で映される兄の様子を、瞬きもせずにミスティーアは見ていた。
 「ど、どうしてアドニス兄さんは剣術なんかを?」
 向き直ったミスティーアは、サン・ジェルマンに疑問を投げかけた。魔界伯爵は、落ち
ついた表情で質問に答える。
 「アドニス君は、あの事件で君がいなくなって以来ずっと落ちこんでいたんだが、3ヶ
月前から急に剣の修行をしたいと言い出して、城の剣術師範に稽古をつけてもらっている
のだよ。どうやら・・・君を失った事を悔やんだアドニス君は、もっと強い男になろうと
懸命になっているようだね。」
 冷静に語るサン・ジェルマンの言葉を聞いて、ミスティーアは言葉を失った。
 アドニスが剣術を始めたとは・・・それはミスティーアにとって青天の霹靂であった。
 なにしろ、アドニスは幼少より虚弱体質で、体力的な事に関しては全くと言っていいほ
どダメだったのだ。それなのに今更剣術を習うなどとは・・・はっきり言って無謀としか
言いようがないのである。
 もちろん、本人もその事は自覚しており、無謀である事は百も承知だ。それでもなお、
懸命に木剣を振るアドニスの姿は健気であり頼もしかった。
 「この映像は先週、私が部下に命じて撮影させたものだ。3ヶ月前は見ていられないほ
ど頼り無い有様だったけど、今では何とか様になってきている。魔界で魔術の修練をして
いる君と、人間界で剣術の修行をしているアドニス君・・・離れていても何処かで繋がっ
ているんだね君達兄妹は・・・」
 フッと笑いながらミスティーアを見るサン・ジェルマンの目は優しかった。それに無言
で頷いて答えるミスティーア。
 「ええ、アドニス兄さんの気持はすごくわかります・・・がんばって、アドニス兄さん・
・・」
 眼を潤ませて頼もしいアドニスの姿を見つめた。
 そんなミスティーアとサン・ジェルマンの元に、2人の侍女が駆け寄ってきた。
 「姫様ーっ、タオルお持ちしましたわー。」
 「お飲み物も持ってきましたのーっ。」
 タオルと水筒を持って現れたその侍女達は、ミスティーアの侍女、エルとアルの2人だ
った。
 ミスティーアが魔戦姫になってからも、彼女等はミスティーアの傍らに寄り添い、甲斐
甲斐しく身の回りの世話をしていた。
 彼女等が闇の住人となった今でも、その親愛なる主従関係は全く変わっていない。
 ミスティーアは駆け寄ってきたエルとアル達に、立体映像機を見せた。
 「ちょうど良い所に来たわ、2人ともこれを見てっ。」
 「なんですの?・・・あっ、これは・・・」
 「アドニス様ですわっ!!」
 立体映像のアドニスの姿に、エルとアルも歓喜の声を上げる。
 喜んでいる3人を感慨深げに見ていたサン・ジェルマンに、黒竜翁と天鳳姫の2人が近
寄って来た。
 「ほう、新型の立体映像機じゃな。お主も中々イキな計らいをするものじゃわい。」
 「さすがは遊び人の伯爵様アルね、女の子が喜ぶツボを心得てるのコトよ。」
 2人の言葉にサン・ジェルマンは自慢げに笑った。
 「いやあ、大した事ではないよ。紳士たる者の心得と言ってくれたまえ、はっはっはっ。
」
 「ふーん、紳士アルですか・・・でもって、ついでにお城の侍女が着替えてるとこも撮
ってきたアルですね?」
 「そうそう、それで一儲け・・・って、君ぃっ!!何を言わせるんだ〜っ!?」
 天鳳姫の問いかけに、お間抜けな返答をしてしまったサン・ジェルマンを、不信の目で、
じとーっと見ている一同。
 「うーむ、お主にそんな趣味があったとはのお。」
 「見掛けでは判らないアルですね。」
 「伯爵様スケベですわ。」
 「伯爵様ヘンタイですの。」
 白い目の一同に、もはや弁解の余地はない。魔界一の(遊び人)で(女泣かせ)である
サン・ジェルマンにとって、この疑いは致命的であり如何なる弁解も無効だ。
 1人だけ不信な目をしていないミスティーアに、サン・ジェルマンは助け舟を求めた。
 「だ、だから私は疚しい事をしてないって・・・み、ミスティーア、君は私の事信じて
くれるよねっ、ね?」
 うろたえるサン・ジェルマンに、ミスティーアは笑顔で答えた。
 「ええ、そう言う事にしておきますわ伯爵様。」
 全然フォローになっていない言葉に、目が点になる。
 「そー言う事って・・・あのー。」
 サン・ジェルマンがボーゼンとしていると、別の闘技場から甲高い掛け声が聞こえてき
た。
 「あの声は?」
 声の方向に向き直る一同。
 「あれはレシフェじゃな。ハル坊から新しい戦闘用スーツをもらったので試すとか言っ
ておったのう。」
 「じゃあ、レシフェさんの様子を見に行くのコトね。」
 一同は、呆けた顔のサン・ジェルマンを無視して掛け声のする方向に歩き始めた。はた
と我に返ったサン・ジェルマンが皆に声をかける。
 「み、みんな待って、だから誤解だと言うのに・・・おーい。」
 弁解空しく、サン・ジェルマンの元からミスティーア達は遠ざかっていく。
 ミスティーア達に(覗き魔)の疑いをかけられたサン・ジェルマンの足元に、ヒュ〜と
乾いた風が通りすぎた。
 1人残され、地面に座り込んでいる彼の周囲だけが暗いトーンになっており、頭の上に
はヒトダマが浮かんでいる。
 「魔界伯爵の威厳が丸潰れだよ〜。なんで私がこんなアホな役回りを、ブツブツ・・・」
 落ち込んでいるサン・ジェルマンを残し、ミスティーア達はレシフェが稽古をしてる場
所へと歩いていった。
 レシフェが稽古をしている場所は、ミスティーア達のいた場所から一段高い場所にあり、
石造りの階段を上がると、広い闘技場には10数人の魔族達がレシフェの鉄拳を受けて伸
びていた。
 顔中アザだらけになっている魔族達に、レシフェの激が飛ぶ。
 「どーしたんですかっ、寝てないでさっさと起きなさいっ!!」
 「か、勘弁してくださいよレシフェ様〜、もう体がもちましぇ〜ん。」
 「何言ってるのです、稽古は終わってませんよっ!?立ちなさい軟弱者っ!!」
 「ひえ〜い。」
 情けない声を上げる魔族達の尻を蹴飛ばして稽古を続けるレシフェ。
 レシフェに稽古の相手をさせられている魔族達は、いずれも筋骨逞しい魔界の戦士達だ。
だが、百戦錬磨のレシフェの前では屈強な戦士ですら練習相手でしかない。
 そんな彼女が今着ている服装は、通常の稽古着とは違う、体のラインにピッタリと沿う
ように作られた繋ぎのスーツであった。スーツの色は彼女が普段着ている森色のドレスと
同色で、豊満な肉体はスーツによって更に引き締められ、精悍な彼女の容姿を引き立たせ
ている。
 魔族相手に稽古をしているレシフェを、闘技場の隅で独り言を言いながら見ている人物
がいる。
 あぐらをかいた姿勢で空中に浮いている、子供の容姿を持つその人物は、魔界童子ハル
メイルであった。
 「うーん・・・上腕部の繋ぎ目を強化したほうがいいな・・・レイちゃんのパワーじゃ
すぐに破れちゃうから・・・後は、えーっと・・・」
 レシフェの事を(レイちゃん)との愛称で言っているハルメイルは、膝の上に置いた携
帯型ノートパソコンのキーボードをうちながらレシフェの様子を克明に記録している。
 魔界八部衆の1人であるハルメイルは、魔界において工学技術主任としての肩書きを持
っており、闇の魔王から武器製造や機械工学においての全権を一任されている。
 今日レシフェが身に付けているスーツは、ハルメイルが独自に考案し、製作したバトル
スーツである。
 魔戦姫は通常、悪党を殲滅する時において専用のドレスを着用する。魔法を主体とした
戦闘はそれでいいのだが、魔力よりも肉体を駆使しての戦闘に長けているレシフェにはド
レス姿は不向きなため、レシフェ専用にとハルメイルが特別にバトルスーツをあつらえた
のであった。
 そのスーツの機能はレシフェの肉体を防御する機能や、彼女の筋肉に直接作用して瞬間
的に筋力を増強する機能が組み込まれている。
 現段階では試作品だが、特殊繊維で織り込まれた生地はミスリル製のチェーンメイルを
凌ぐほどの優れた耐久性と防御力を誇り、筋肉強化の機能により、生身の状態と比較して
10%増しの筋肉強化をもたらしている。
 さらに、四肢の各所やボディーの至る所にはアーマーや各種バトルアイテムを装着する
アタッチメントがあり、その時々において様々な能力を発揮できる仕組みになっているの
だ。
 無心に記録を取っているハルメイルの後ろから、黒竜翁が声をかけた。
 「どうじゃハル坊、うまくいっておるかの?」
 「あ、ジッちゃん。ちょっと待ってね、もう少しで終わるから。」
 忙しくキーボードに指を走らせているハルメイルは、黒竜翁達に振り向く暇もない。
 そのハルメイルの視線の先には、森色のバトルスーツを煌かせ、魔族の戦士達と向かい
合うレシフェの姿がある。
 「さあ、全員まとめてかかってらっしゃいっ。」
 手招きするレシフェに、戦士達は(半ばヤケクソで)一斉に飛びかかる。
 「でええ〜いっ!!」
 「たあーっ、プリンセス・ダイナマイトキーック!!」
 掛け声一閃、凄まじい飛び蹴りが炸裂した!!
 「どひ〜っ!!」
 全員まとめて吹っ飛ばされた魔族の戦士達が、ドサドサと闘技場に積み上げられた。
 「むぎゅう・・・」
 目を(×印)状態にして、折り重なる様に伸びている戦士達。
 屈強な戦士達を一瞬で爆砕する彼女のキックは、強力なダイナマイトの破壊力と同等・・
・いや、それ以上である。
 そして闘技場の中央に立ったレシフェは、フウウ・・・と深く息を吐いた。
 両腕を軽く引いた姿勢で佇むその姿は、息を呑むほどに美しく、最強のアマゾネス・プ
リンセスと呼ぶに相応しい。
 頼もしきレシフェの姿に、ミスティーアや天鳳姫も溜息をついた。
 「すごーいっ、強いんですねレシフェ姫、感動しました。」
 「さすがはレシフェさん、魔界最強は伊達じゃないのコトね。」
 パチパチと拍手を送るミスティーア達に、レシフェはニッコリと笑顔を見せた。
 「もう・・・最強だなんて言われたら恥かしいですわ。」
 頬に手を当てて照れている彼女には、姫君としての気品があふれている。
 天鳳姫の言う通り、レシフェは格闘戦において魔戦姫最強を誇っている。素手での戦い
で彼女にかなう者は皆無なのだ。
 その彼女に、キーボードをうつ手を止めたハルメイルが声をかけた。
 「スーツの具合はどう?きつくないかな。」
 エルとアルにタオルをもらったレシフェが、汗を拭きながら答える。
 「ええ、肩と太ももが少しきついので、破れてしまいました。と、言うか・・・私が力
みすぎたせいですわ、せっかく作って頂いたのに申し訳ありません。」
 謝っているレシフェの肩と太ももの部分が大きく破れており、彼女の強烈なパワーが物
語られている。
 「いいよ、それは試作品だからね。それにいい記録がとれたから今後のバトルスーツの
量産にも活かせるよ。これもレイちゃんのおかげだね。」
 「まあ、喜んで頂けて光栄です。」
 ハルメイルの言葉に、レシフェは丁重に一礼した。
 レシフェは単に強いだけの魔戦姫ではないのだ。強さもさる事ながら、その気品あふれ
る物腰は魔界の上層幹部にも定評がある。
 それは黒竜翁の賛美の声にも裏付けられていた。
 「レシフェや、また一段と腕を上げたようじゃのお。魔界でお主に適う者はおらぬわい、
お主の相手になる奴と言えば・・・ドラゴンぐらいかの。でも、お主ほどの品のある魔戦
姫にドラゴンは無粋かもしれん。」
 「そんな事ありませんわ、私はまだ未熟者ですし・・・黒竜翁様、今度気功術をお教え
願えませんか?格闘術の向上に役立てたいのです。」
 「ほっほっほっ、お主の頼みとあれば是非も無い。丁度ミスティーアの修練が人段落つ
いた所じゃ、今度はお主の修練に付き合うとしようぞ。」
 笑っている黒竜翁の傍には、眉間にシワを寄せた表情の天鳳姫がいる。
 「ところで御師匠様・・・さっきからどこを見てるのコトですか?」
 天鳳姫の言葉に、一瞬ドキッとした顔になる。
 「ほっ?、な、なんのことじゃ?」
 「さっきから、ずーっとレシフェさんの足を見てるアルでしょう!?」
 スーツが大きく破れているレシフェの太ももには、絹のような白い柔肌が露になってい
る。天鳳姫は黒竜翁の視線の先が気になって尋ねたのだ。
 「のほほ、わ、わしは見ておらんよ、レシフェの太ももは見てない・・・あっ。」
 「やっぱり見てたアルですねっ!?この変態仙人ーっ!!」
 「いや、だからその、おわっ!?」
 黒竜翁は、目を吊り上げた天鳳姫に顔を引っ掛かれた。
 そんな師弟のやり取りを、ハルメイルとレシフェは呆れた顔で見ている。
 「ジッちゃんスケベだ・・・」
 「ウフフ。」
 笑っているレシフェ達の横では、ミスティーアとエルとアルの3人が、無茶な特訓の
(練習台)にされた魔族の戦士達を介抱している。
 「みなさん大丈夫ですか?こんなにケガして・・・お薬塗ってあげますね。」
 薬の入れ物を片手にした、優しい笑顔のミスティーアに膏薬を塗ってもらい、魔族の戦
士達は目をウルウルさせて喜んだ。
 「あうう〜、ミスティーア姫はお優しい方だ〜、う、うれしいですぅ・・・すっ!?、
うンぎゃーっ!!し、しみるーっ!!」
 膏薬を塗られた魔族達が突然、素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び上がった。
 「はいはい、痛いのは当たり前ですわ。」
 「包帯巻いてあげるから、大人しくするですの。」
 痛がる魔族達を、無理やり包帯でグルグル巻きにするエルとアル。
 だが、魔族達の痛がり様は尋常ではない。目を真っ赤にしてジタバタ転げ回っているの
だ。
 痛がっている魔族達を見て、困った顔になるミスティーア。
 「おかしいですね?そんなに痛いはずないんですが・・・あっ?こ、これ水虫用の軟膏
でしたわっ。」
 ミスティーアの(お間抜けな)言葉に、魔族達は痙攣を起こしてぶっ倒れた。
 「のおお〜、ひ、ひどい〜。」
 「あーん、ごめんなさいっ、今度はちゃんとしたお薬を塗ってあげますから。マンドラ
ゴラのエキスにツチノコモドキの血を混ぜたこのお薬なら、傷なんかたちどころに・・・」
 「もっ、もう結構ですーっ!!」
 血相を変えた魔族の戦士達は、脱兎の如き勢いで逃げ出した。
 包帯だらけのミイラのような格好で逃げて行く彼等の先には、1人の白いドレスを着た
(白雪姫)が歩いている。
 「?・・・どーしたんですの皆さん。」
 (白雪姫)こと、ブラッディー・スノウホワイトは、土煙を上げて遁走していく魔族達
をキョトンとした顔で見た。
 「変な人達ですわね・・・」
 小首を傾げながら闘技場に目を向けると、何やら申し訳なさそうな顔をしたミスティー
アが立っている。スノウホワイトは不思議そうな面持ちで尋ねた。
 「・・・何があったんですの?あの人達、真っ青な顔で逃げてましたけど・・・」
 「あ、スノウホワイトさん。実は、お薬を間違えましたの。」
 スノウホワイトの問いに、事の仔細を説明するミスティーア。話を聞いたスノウホワイ
トは、やれやれと言った顔でミスティーアを見た。
 「まったく・・・生兵法はケガの元ですよ、お薬はちゃんと確認してから使わないと・・
・」
 「えへへ、どうも。」
 ミスティーアは、癒しの力を持つスノウホワイトから簡単な医薬品の扱いを教えてもら
っていたのだが、何分にも付け焼刃であったため、失敗をしてしまう事が多いのである。
(魔戦姫や魔族の何人かが被害にあっている。)
 気を取り直したミスティーアは、スノウホワイトが修行場に現れた理由を尋ねた。
 「スノウホワイトさんは何の御用で修行場に来たのですか?」
 戦闘や格闘を嫌うスノウホワイトが、修行場に来る事は滅多にない。ここに来たのは余
程の理由があっての事だ。
 「あ、そうでしたわ・・・実はリーリア様が急ぎの御用があるとか仰られてまして・・・
」
 急ぎの御用とは言いながら、スノウホワイトの口調は至ってゆったりとしている。(元
々ノンビリ屋なのだ。)
 彼女の声を聞いて、天鳳姫とレシフェもスノウホワイトの元に集まって来た。
 「何ですの、急ぎの御用って。」
 「はい、実は・・・」
 スノウホワイトは魔戦姫の長、リーリアの伝言を皆に伝えた。
 それは、バーゼクス国で起きている女子誘拐事件の真相を解明せよとの指令であった。
 「バーゼクス国?あの、成金国の事アルか?」
 天鳳姫はバーゼクスの事をそう言った。バーゼクスのあだ名は、魔界でも周知の名であ
る。
 「ええ、誘拐事件の黒幕が、バーゼクスの・・・」
 指令について話し合っているミスティーア達の元に、魔界八部衆の3人も集まって来た。
 スノウホワイトを見つけたハルメイルが、親しげな口調で声をかける。
 「やあ、スノウホワイト。来てたんだね。」
 「あ、ハルメイル様・・・お久しぶりですっ。」
 ハルメイルを見つめるスノウホワイトの顔は、とても嬉しそうである。
 それに、いつも魔戦姫達を愛称で呼んでいるはずのハルメイルは、スノウホワイトだけ
をそのままの名で呼んでいる。彼が特別な感情を彼女に抱いているためなのだ。
 2人の間柄や経歴は、後程語る事になる。
 ハルメイルの後ろには、顔中引っ掻き傷だらけになっている黒竜翁と、暗ーい顔でブツ
ブツ独り言を言っているサン・ジェルマンの姿があった。
 「・・・私は覗き魔じゃないんだけど・・・ブツブツ・・・」
 「ほれ伯爵殿、いつまでボヤいておるんじゃ、いてて・・・」
 天鳳姫に引っ掛かれた顔を撫でながら、黒竜翁はミスティーア達の話に加わった。
 魔界八部衆の3人も交え、バーゼクス潜入の話し合いが成された。



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