魔戦姫伝説(ミスティーア・炎の魔戦姫)


  夢見るミスティーア姫
ムーンライズ

 広い海に多数存在する島国。
 その1つ、広大な海に守られた海洋都市国家ミケーネル。
 多くの民が平和に暮らすその都市国家には、稀代の美貌を湛えた若く美しい姫君がいた。
 その名はミスティーア。
 薄い赤紫のカールヘアーに透き通るような白い肌、そして輝くエメラルドグリーンの瞳
を持つミスティーア姫を、人々は(ミケーネルの宝石)と称えた。
 彼女の美しいのは容姿だけではない。民を優しく見守るその心は誰よりも清楚で汚れな
い。
 父である領主は、男ばかり10人の子供の後に産まれた始めての娘とあって、目に入れ
ても痛くないほどにミスティーアを可愛がり、箱入り娘として育てた。
 その甲斐あって、愛娘ミスティーアは輝くばかりの美貌を湛えた美しい姫君として成長
したのであった・・・






            
 
 その日のミスティーアは、城で行なわれる晩餐会を心待ちにしていた。
 ミケーネルの城は、海に面した湾岸に造られており、国外から来る来賓や貿易に際して
の拠点となっている。
 街から少し離れた場所に在る城の波止場には、各都市国家の船が並んでいる。
 ミケーネル周辺の島国には数多くの都市国家があり、今回の晩餐会は、その都市国家の
王族や貴族等を招いたミスティーアのお披露目式なのだった。
 今まで箱入り娘として育て、人前に出さなかった事もあって、ミケーネルの民から宝石
と賞されているミスティーア姫を一目見ようと、国外から数多くの貴族達がミケーネルに
詰め掛けていた。
 晩餐会の主役であるミスティーアは、王族専用の控え室でドレスアップに勤しんでいる。
 純白のドレスを纏ったミスティーアが、傍らで彼女のドレスを整えている侍女達に声を
かけた。
 「ねえ、エル、アル。この衣装はどうかしら?綺麗に見える?」
 美しく着飾ったミスティーアを、2人の年若い侍女がウットリとした顔で見ている。
 「ええ、とっても綺麗ですわ、姫様。」
 「本当ですの。惚れ惚れしますの・・・」
 その侍女は2人とも全く同じ顔で、同じオカッパ髪の髪型をしている。キューピットの
ような可愛い顔をしたその2人の侍女は、一卵性双生児の姉妹であった。
 名前はエルと、アルと言い、早くからミスティーアの身辺を世話している誠実な侍女で
ある。
 侍女達に美しいと言われ、嬉しいのと恥かしいのが入り混じった顔で、おどけた仕草を
するミスティーア姫。
 「せっかく私の晴れ姿を殿方に見て頂けるんですもの・・・綺麗にしなくちゃ失礼ね・・
・」
 今まで異性と付き合う事など無かったミスティーア姫にとって、今回のお披露目は心と
きめくイベントであった。
 お年頃のミスティーアは、見目麗しき白馬の騎士が自分を迎えに来てくれる事を夢に見
ていた。無垢な少女であるミスティーアは、優しい騎士様と幸せになる事を純粋に信じて
過ごしてきたのである。
 「ウフフ・・・」
 少し顔を赤らめて微笑むミスティーアに寄り添い、双子のエルとアルが少し寂しそうな
顔をした。
 「白馬の騎士様が姫様を迎えに来たら・・・あたし達は姫様のお傍を離れなければなり
ませんわ。寂しいですわ・・・」
 「そんなのイヤですの・・・あたし達・・・ずっと姫様のお傍にいたいですの・・・」
 そう呟く2人は、今にも泣きそうな顔になっている。
 幼少からずっと、ミスティーアの傍に影の様に寄り添い、彼女と寝食をも共にしている
エルとアル。ミスティーアにとって2人は本当の姉妹のような、いや、体の一部であると
言っても過言ではない存在なのだ。
 ミスティーアは2人が愛しいゆえ、ベッドの中にまでエルとアルを入れて眠るほどだっ
た。
 身分の違う侍女と寝食を共にするなと何度たしなめられても懲りなかった事から、両親
である領主夫妻も呆れて何も言わなくなっていた。
 無論、エルとアルもミスティーアを心から慕っており、主従関係を超えた想いの2人が、
親愛なる主人であるミスティーアと離れる事は、身を切られるより辛い事なのだ。
 泣きそうな顔の2人を、ミスティーアはそっと抱きしめた。
 「大丈夫よ、まだずーっと先の話じゃない。それに、いつの日か私が結婚しても、あな
た達は私の侍女よ。これからもずっと・・・」
 「本当ですの?」
 「ええ、本当よ。私があなた達にウソをついた事がある?」
 「うれしいですわーっ。」
 喜びながらミスティーアに抱きつく双子の侍女達。
 そんな時、控え室の扉をノックする音が聞こえてきた。
 開かれた扉の向こうに、ミスティーアと年の変わらない若い青年が顔を赤くしながら立
っている。
 「あー、ゴホン・・・あの、ミスティーア・・・晩餐会の準備ができたよ、そっちの準
備はいいのかい?」
 「まあ、アドニス兄さん。」
 その青年は、ミスティーアの兄、アドニスであった。
 アドニスは10人の男兄弟の末弟で、ミスティーアと1歳しか年が変わらない。
 部屋に入ってきたアドニスに、エルとアルの2人が嬉しそうな声で話しかけてきた。
 「アドニス様、見てください。姫様とっても綺麗になられましたわー。」
 「御館様やお后様もお喜びになられますのー。アドニス様もご覧になってくださいのー。
」
 おどけた声の双子の姉妹に言われ、アドニスは無言で妹の美しい姿を見た。アドニスは
耳まで真っ赤にしてモジモジしている。
 「どうしたの兄さん?顔を赤くして。」
 「あ、いや、その・・・ずいぶんと綺麗じゃないか・・・うん。綺麗だよミスティーア。
」
 美しく着飾った妹の姿に、戸惑いを隠せないアドニスであった。そんな兄の姿に思わず
クスクスと笑い出すミスティーア。
 純情で心優しいアドニスは、ミスティーアに妹という以上の想いを抱いていた。彼にと
って妹ミスティーアは何者にも変え難い存在である。
 そして妹を可愛がるアドニスを、皆はシスコンだとからかうが、アドニスはそんな陰口
など一向に気に留めなかった。妹ミスティーアを誰よりも愛していたから・・・
 「ウフッ、ありがとう。兄さんに綺麗って言ってもらえると嬉しいわ。」
 「ま、まあね・・・それより早くしろよ、会場でみんながお前の来るのを待ってるぞ。」
 照れ隠しに頭を掻くアドニスは、そう言って妹を促した。
 「はーい、すぐに行きまーす。白馬の騎士様がいらっしゃるかもしれないものね、早く
お会いしたいわ私の未来の騎士様。」
 兄の心境を知りながらワザとらしく言うミスティーアに、単純なアドニスは一瞬ドキッ
とした顔になる。
 「そ、そ、そんなことないよ・・・会場に来てるのはオジさんばかりだぞ、まったく騎
士様だなんて子供じゃあるまいし・・・」
 少しヤキモチを焼いた顔で部屋を後にするアドニス。
 「ウフッ・・・兄さんったら・・・」
 ミスティーアは呟きながら笑顔を浮かべる。彼女も兄の気持ちを十分察していた。いつ
の日か自分を迎えに来てくれる白馬の騎士様の事も大事だが、純情に自分を想ってくれる
兄アドニスも大切だった。
 
 晩餐会の会場では、ミスティーアの父親であるミケーネル領主が、来賓である各都市国
家の領主達を前にして向上を述べていた。
 「紳士淑女の皆様、今宵は我が娘ミスティーアの為にお集まり頂き、恐縮であります。
大変長らくお待たせ致しましたが、これよりわが娘ミスティーアを皆様方に御覧頂きます。
」
 ミケーネル領主の声に呼応する様に、会場の奥の扉が開かれ、純白のドレスを纏ったミ
スティーアが来賓の前に静々と姿を見せた。
 両脇にエルとアルを従えた、清純で美しいミスティーアが現れると、会場の一同から感
嘆と喜びの溜息が漏れた。
 「おおっ・・・御美しい・・・」
 「ミスティーア姫は・・・まさにミケーネルの宝石だ・・・」
 そしてミスティーアに盛大な拍手の喝采を送った。惜しみ無い拍手の雨に迎えられ、ミ
スティーアはドレスの裾を軽く持ち上げて会釈した。
 「御集まりの皆様に御褒めの言葉を頂き、真に恐悦ですわ。今夜の晩餐会の儀、心行く
までお楽しみくださいませ。」
 ミスティーアの声に、来賓達は笑顔で答えた。
 来賓だけでなく、ミスティーアの両親であるミケーネル領主夫妻と10人の子息達も自
慢の娘、そして妹の華々しいデビューを心から祝福している。
 「綺麗だよ、ミスティーア。」
 「今夜のお前は1番に輝いてるぞ。誰が見たって最高だ。」
 口々にミスティーアを褒め称える兄達の声に、ミスティーアは頬を赤らめて微笑んだ。
 「ありがとう、兄さん・・・お父様、お母様・・・」
 両親と兄達の祝福は、彼女にとって最高の喜びであった。そして、他の兄弟達に遠慮す
るかのように後ろに控えているアドニスも、ミスティーアを祝福していた。
 でも、そんな妹の晴々しい姿を、アドニスは少し寂しそうな顔で見つめている。
 「ミスティーア・・・僕のミスティーア・・・」
 アドニスは最愛の妹ミスティーアが、何処か遠くに行ってしまうのでは、と思っていた
のである。
 兄弟の味噌っかすであるからこそ、他の兄弟よりも妹を想う気持ちが強かった。その気
持ちゆえ、自分から離れていくミスティーアを寂しく思っていた。
 可愛い妹を・・・最愛の妹を誰にも渡したくは無かった。
 地獄の魔王がミスティーアを奪おうものなら、命をかけて守りぬく覚悟だ。
 だが、そんな気持ちとは裏腹に、兄達の後ろに隠れて寂しくミスティーアを見ているア
ドニスを、ミスティーアは少し歯痒く感じていた。
 1番仲の良い兄だからこそ、自分を1番に祝福してもらいたかったのだ。
 「もう・・・アドニス兄さんの意気地なし・・・」
 そんな膨れっ面をしているミスティーアの元に、来賓の王族や貴族達が集まってきた。
 「始めましてミスティーア姫、今宵のあなたは正に輝く宝石でありますぞ。」
 「私はラルバーンの領主でラインハルトと申します。ミケーネルの宝石たる貴方にお会
いできて光栄です。どうかお見知りおきのほどを・・・」
 ミスティーアは、口々に歯の浮くような世辞を言う来賓達に囲まれ、少しうんざりした
顔になっていた。
 「あ、どうも・・・こちらこそよろしく・・・」
 うんざりしながらも、作り笑いで応対しているミスティーアであった。
 来賓の中には若い独身男性も多数いた。彼等がミスティーアを娶りたいと考えている事
は容易に察する事が出来る。でも、はっきり言うと彼等の中で、ミスティーアの御目がね
に適う人物がいるとは言えなかった。
 どれもこれも見掛け倒しの軟弱なお坊ちゃんばかりで、凛々しく勇ましい白馬の騎士は
皆無であった。
 「ふう・・・やっぱり今はアドニス兄さんが1番ね。」
 そうミスティーアが呟いた時であった。
 平和な晩餐会が・・・突如現れた侵入者によって踏み躙られたのだ。



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