『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説〜鬘物「ふぶき」より〜第1幕.7
恋思川 幹

 話を元に戻す。
「はっ、書状を運んできました少数の部隊が来ただけにございます。その者達に問いただ
したところ、未だ頼基様の本隊は出陣されていないとのことでございます」
 若葉が書状を差し出しながら、報告する。
「兄上は一体何を考えておられるのか?」
 書状に目を通したふぶきが悲しみの表情を浮かべる。
「ふぶき様、頼基様は一体なんと?」
 紅葉がふぶきに尋ねる。
「兄上の本隊は、西の隣国・高城家に不穏の兆しありとして、城を離れる事できない、と。
そして、私は撤退せずに独力で平井を討伐せよ、と……」
「そんな馬鹿なっ! 高城家は当家とは同盟関係にありまする! それが本隊を出陣させ
られぬ理由とは、道理が通りませぬ!」
 若葉が声を荒げる。
「さらには、わずかな援軍も、兵糧も無しに平居を討伐せよ、とは……。頼基様はふぶき
様を見殺しにするおつもりか?」
 紅葉もまた、憤りを隠さない。
「ふぶき様、このような理不尽な命令に従ってはなりませぬ! 頼基様は、ふぶき様とは
違い暗愚の御方。ふぶき様の才と人気を恐れておいでです」
「此度の戦も、あわよくばふぶき様を亡き者にせんとする頼基様の策略に相違ありませ
ん!」
「言うなっ! 例え、お前達であろうと、兄上を侮辱するのは許さんっ!」
 ふぶきが若葉と紅葉を制する。
「諸将を集めよ……軍議を開く。出陣の準備を」


 援軍も、兵糧もままならぬ絶望的な状況下で、ふぶき率いる北大路軍は善戦した。
 だが、やはり多勢に無勢。徐々に押し返され、ついに北大路軍は潰走した。
 ふぶきもまた退却したが、途中敵の追撃により、馬廻衆も一人二人と討たれ、いつしか
ふぶきと供にいるのは若葉と紅葉の二人だけになっていた。
「雨……」
 深い山中を疲れ切った足取りで進んでいると、不意に雨が振り出した。既に夕闇も押し
迫り、辺りはもう夜の様に薄暗い。
「どこかに雨をしのげる場所があれば、よいのですが……」
 ふぶきの馬の口をとっていた若葉が辺りを見渡す。
「ふぶき様、あそこに寺が見えまする! あそこで一夜の宿を借りましょう」
 紅葉が指差した方を見ると、確かに寺らしき建物が見える。
「できれば、北大路領内に入ってから休みたかったが……月明かりもない雨の夜に山道は
危険か……。さりとて、あの寺が安全とも限らぬ。どちらにせよ、賭けじゃな……」
 ふぶきは雨に濡れて、泥だらけになっている若葉と紅葉を見た。
「同じように危険なのであれば、死に場所は寺の方がよいかも知れぬな。行ってみよう」
 ふぶき達は寺へ向けて、歩き始めた。



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