『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説〜鬘物「ふぶき」より〜第1幕.5
恋思川 幹

「姉上様ああぁぁぁっ!!!」
 自分の悲鳴で、ふぶきは目を覚ました。
 姉の夢はいつもそこで目が覚めるのだ。
 その先のことをふぶきは覚えていない。
 あるいは、あまりもの凄惨な光景に思い出す事を心が無意識に拒否しているのかもしれ
ない。
「…はぁっ…はぁっ…はぁっ……」
「姫様、大丈夫ですか?」
 侍女の紅葉が柔らかい布で、ふぶきの汗をぬぐう。
「ありがとう、紅葉」
「また……あの夢を見られたのですか? あの戦の夢を……」
 もう一人の侍女の若葉が竹で出来た水筒をふぶきに差し出す。
 ふぶきが悪夢に見た場面は、十数年前の戦での出来事である。
 北大路家領内に侵入した谷江家の軍勢を迎撃するべく、父や兄たちの軍勢が出陣した。
だが、その直後に谷江の別働隊が館を襲撃した。
 館に残っていたのは、わずかな兵と女子どもばかりで、なす術もなく蹂躙された。人質
の価値ありと見込まれた者はまだ運がよかった。上級の武士達がしっかりとその身柄を確
保していたので直接手をつけられることはなかったからだ。だが、そうでない者は男や老
女ならば殺され、若い女なら犯された。
 谷江の誤算は館を陥落させた後、そこに拠点として確保すべきであったのに、末端の雑
兵が女を犯すのに夢中になり、館が北大路軍にあっさり奪還されたことである。結果とし
て、北大路軍はたいした損害もなく、谷江軍を打ち破って大勝をおさめた。
 だが、館にいた女達の心の傷は深かった。
 ふぶきもまた、心に傷を負った一人である。
 ふぶきが武芸を習うようになったのは、この忌まわしき事件の直後からである。



次のページへ
BACK
TOP