『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説〜鬘物「ふぶき」より〜第1幕.1
恋思川 幹

 荒れ果てた寺の境内に、道に迷った旅の僧が一夜の宿を求めてやって来た。
「道に迷い、途方に暮れていたが、このような場所に寺があるとはありがたいことだ」
 夕闇に加えて、重く暗い雨雲のせいで、辺りは既に真っ暗である。
「じきに一雨来るな……。この寺に来られたのはまことに幸運であった。これも御仏のご
加護というもの。南無」
 手を合わせて、旅の僧は荒れ果てた本堂に入ろうとする。
 と、境内に人影があるのに僧は気付いた。
「人が住んでいるのであれば、勝手にあがるわけには行かぬが、さて、このような荒れ寺
に尋常なる者が住んでおるものか? あるいは物の怪の類か?」
 旅の僧はその人影を怪しんだが、ひとまず声をかけてみることにした。
「もし、そこなお方。この寺には誰ぞ、住んでおられるのか? 私は諸国一見の僧にて、
名を了慶と申す。道に迷いてようやくこの寺に辿りつき申した。できれば、一夜の宿をお
借りしたく存じる」
「これはこれは、ご丁寧なご口上痛み入りまする。されど、この寺に住む者は数十年前よ
り既におりませぬ。私もまた、この寺を先程訪ねきた者にございます」
 帰ってきた声は若い女性のものであった。
 了慶が人影に近づいていくと、なかなか立派な身なりの若い女性である。
「そうでございますか。見れば、なかなか立派なお家の息女かとお見受けするが、この寺
へは一体どのような御用で参られたのか?」
「この寺は、かの姫武将、北大路ふぶきが非業の最期を遂げた場所と言い伝えられており
ます。私は北大路家ゆかりの者なれば、この近くにやって参りましたのを、よき機会と思
い、こうして往時の姫武将を偲び、お弔い申し上げてございました」
「天下に名高き姫武将、北大路ふぶきの最期には諸説あり申すが、なるほど、確かにこの
辺りは姫武将が最後に戦った古戦場より程近く、また北大路の国へと帰る道筋にある。さ
れば、往時の姫武将も私と同じく、道に迷いてこの寺に辿りついたのだろうか」
「実は、姫武将はこの寺において、尋常の最後を遂げたわけではございませぬ。この地に
残る言い伝えによれば、姫武将の無念、尋常ならざるものなれば、その魂は鬼となって今
でも地上をさ迷っておると申します」
「なんと、鬼となるほどの無念とは、いかようなるものであろうか? よろしければ、お
聞かせ願えぬものか?」
「それを語るには、まず姫武将の幼き頃に起りし、北大路家と谷江家の戦の話より語らね
ばなりませぬ。事の起りは、谷江の軍勢が北大路領との境界線を越えたるところより始ま
りまする」
 女性が遠い目をして語り始めた物語は、了慶の初めて聞くものであった。


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