魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part25
Simon


――僅かな言葉から、知りたいことを毟り取っていく頭の切れ
少なくとも見た目だけは悠然と、お茶を干していくその姿――

ただの奇麗なだけの小娘ではないということか


さりげなく互いの胸の内を探りながら――おかしいな?
そろそろ効いてきてもいい頃だが……


その表情を読んだのだろう――娘の口元が、ほんの一瞬笑みを浮かべた

なるほど――体質か鍛錬かは知らんが、毒には耐性があるということか
だが――





互いに言質を取り合いながら、欲しいものを――私はリンス様を、彼は私自身を
――奪い合う
既にリンス様が相手の手の内にある以上、どう足掻いたところで私に勝ちはない

それでも彼がこの遊戯に興をそそられているなら――


――コトッ


話の流れを明らかに無視して、ファズが硝子の小瓶をテーブルに置いた


「これは先ほどのお茶に、風味付けに使ったものだが」


私の手元に押しやってくる――色硝子越しに、指3本分ほど中身が入っているの
が伺える


「――加減が中々難しくてね、ここは一つ、客人の好みに委ねてみよう」

――どれくらい入れるかね?


戸惑う私に、ファズがにこやかに続けた


「お連れのお嬢さんも気に入っていたようだし、君が要らないというなら、彼女
に薦めてみようか――」


最後まで言わせずに、私は瓶を取り上げた――濃密な甘い香り

身体は警報を鳴らしていたが、私は迷わず瓶を逆さにして、一滴残らずカップに
注ぎいれた



「――伝え聞くところによると、東方には貴人に仕える『鬼役』というものがあ
るそうだが」

――君は知っていたかね?


「いえ、存じませんが」

「名前は恐ろし気だが、要は専属の料理人なのだよ――主君の暗殺を防ぐために、
特別な訓練を受けた……ね」


一口啜りこんで――吐き出しそうになった


「その内の一つに、毒を見分ける訓練があるという――幼少の頃より毒を少量ず
つ嗜み……寿命と引き換えに、毒への耐性を得るとか」


ズルズルと、喉の奥に流れていく――ほとんど原液と言ってもいいこれは……


「まったく恐ろしい話だが――時としてより忠実で優秀な鬼役を求めて、自分の
血を分けた子供を鬼役に仕立て上げることもあるそうだよ」


――全ての臓器が……悲鳴を上げる


「昔、取引のあった貴族に教えてもらったんだがね――毒への耐性というのは、
まるで効かないというわけではないそうだ」


――轟々と耳鳴りが――指先が震えるのが、押え切れな――


「あくまでも、人より許容量が多いだけ――いや、むしろ毒に対して敏感になっ
ていることもあるそうだよ」


どっと、全身から汗が噴出す――神経がメチャクチャに掻き乱されて――


「まぁ考えてみれば――僅かな毒を見分けて主君を危険から遠ざけるのであれば、
鈍くては物の役には立たんからな」


指先から、カップが滑り落ちていくのが止められなかった


「許容量を超えてしまえば、鬼役も只人となんら変わらぬ――むしろ耐性がある
分、より強く毒の影響を受けてしまうそうだよ」


――ショオオオオ……

ガクガクと震える足を伝い落ちていく生暖かい感触

涙と汗と涎が――全身が……緩みきって


「――かくして牝豹は自ら牙を折る――すまないね、こんな急いた手を使って、
まことに申し訳ない」

ユーデリカから、君の強さを聞いていたからね

ここまですることもなかったのかもしれないが――念のため、君の牙は折らせて
もらうよ



あのお嬢さんには、君の分までたっぷりと趣向を凝らすから、それで勘弁してく
れたまえ




――どろどろにとけていくわたしはもうなにもわからなくなっていた……



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