魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part22
Simon


――リンス様!……いったいどこへ


夕日の衰えかけた通りを、全速で走りぬける
すれ違った人が目を見開いていたが、今は気にしてなどいられなかった――どう
せ視認することもできなければ、夕日に目がくらんだ幻と片付けてくれるだろう


部屋に帰ってみれば、リンス様の姿がなく
宿の者の話では、お昼過ぎに『一人でフラリと』出かけて行ったと――


――遊林園――行きつけの飲茶楼――お気に入りの菓子屋――
心当たりを回って……そもそも、リンス様がこうして一人で出歩くことなどほと
んどなかったと言うのに!


そんなに気にすることはないんじゃないか――そうも言われたけれど、この街は
どこかおかしい――
何でみんな同じことを繰り返すの?――まるで……まるでそうするように、命じ
られているかのように……!!


――ズザザザザザーーッ!!


おかしい――おかしい……おかし過ぎる!
あの反応は――宿の人の反応は、聞き込みに回ったときの応え方と一緒だ


私は迷わず踵を翻した――





「あっ ユウナさん、お帰り〜!」


宿の一階にある食堂で、椅子に腰掛けて足をブラブラさせていたのは――ユーデ
リカだった

「せっかく来たのに、ユウナさん慌てて飛び出して行ったっていうから――もう
少し待っても戻ってこなかったら、今日は帰ろうかなって思ってたんだよ」


最近塞ぎがちだったのが嘘のように、屈託のない明るい――明るすぎる笑顔


「――あ、あのぅ」

「ん?――あぁ、もう終わったから ご苦労様ね」

躊躇いがちに声を掛けてきた宿のご主人に、ユーデリカが手をひらひらと振る

「ちょっとだけ、ユウナさんに心配かけさせてあげようかなって思っただけだか
ら――うん、もういいの」


ホッとしたように、下がっていくご主人――反対に、私の背中には、じっとりと
嫌な汗が浮かんでくる


「――ユーデリカ……リンス様をどうしたの?」

「一応、そこまでは分かってるの?――って、違うか……分かってたら、こんな
ところに戻ってこないもんね」

――正直、行き違いになったかと思ってたよ


ニコニコと笑いながら――


「――あのクソガキは、ファズ様のお屋敷にいるよ――一応、アタシが戻るまで
は、手は出さないでって言ってあるけどね」


――殴られたような衝撃
分かってはいたけど――信じたくなかった


「……ユーデリカ……あなた、何を?」

「う〜ん……アタシはただ――リンスちゃんを、アタシの手でグチャグチャにし
てやりたいって――ただそれだけだよ?」

――あ、もちろんユウナさんもね


ここまで純粋な憎悪を向けられるなんて――
愉しそう――実際、心底愉しいんだろう
私たちは、彼女にいったい何をしてしまったんだろう?


「よく――まだよく分からないのだけれど……リンス様は、あなたに何をしたの?
」


そっと、ユーデリカを刺激しないように
この娘は危険だ――下手に突付けば、弾けてしまう――そんな危うさが伝わって
くる


「何?――何をしたかですって? 何を何なになにナニナニ――」


失敗したか!――と思ったときには、もう元のユーデリカに戻っていた


「――何って、ユウナさん、知らないの?」

――おかしいなぁ?


「――まぁ、そんなのどうだっていいよ それより、一応確認するけど――」

――大人しく、一緒に来てくれるよね?


後ろから近づいてくる気配より、目の前の少女の方が怖くて――



私は――頷くことしかできなかった……





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