魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part17
Simon


凍りついたユーデリカの目の前で、アリーシャが見る見る追い詰められていく

歯をカチカチ鳴らしながら、忙しなく視線を彷徨わせ――誰かに許してもらいた
がっている

マドゥたちも、ようやくファズの意図を察し、目だけをギラギラと血走らせなが
ら、そ知らぬ顔でアリーシャの痴態を眺めている


――今日は、自分の意志で堕ちてもらおう


身体に塗りたくった一壷分の蜜油――普通ならそれだけで神経がパニックを起こ
してしまうだろうが、アリーシャの身体に施された調教が、辛うじてそれを『快
感』と認識させている
だがそれとて、いつまでも持つものではない
逃げられなかった理性が枷となって、獣に堕ちることを許さないのだ

――フッ――フゥッ……フーッ

荒い息をつきながら、ギリギリと胸に爪を突き立てる
少しでも痛みで相殺しようとしているのだろうが――

「――ゥウーッ!……くふっ――あ…アアァッ!…」

傷口からじわじわと染み込んでくる蜜油――痛みが痺れに、燃えるような熱さに
変わっていく

――ガ…リリ……

「――イッ!……ぁ…ああぁ…熱っ!」

痛みよりも快感を求めて、その肌を掻き毟り――傷口の一つ一つが性器のように、
切ない疼きを訴える

グリグリと、傷口を抉るように指を突きたて――飛び散る赤が、アリーシャの肌
を鮮やかに彩る

満足げに見やるファズ――今まで極力肌に傷をつけることを避けてきた

初めての痛みが自らの手で、しかも蜜油の助けもあって強烈な快感として刻み込
まれたはずだ


――それでもなお己の足で立ち、最後の一線――最大の快楽の源泉に手を触れな
いのは――


「お願い! お願いいたしますファズ様! あれではアリーシャ様が!」

――壊れてしまうのは、貴方も望んでいないはずです!


賢しげに、主意を読み取りながら、必死に訴えてくる――こやつのせい……か

どうやらアリーシャは、このまま快楽に炙られ続ける方を選んだらしい
それでも構わないのだが、もう一つ余興を絡めてみるか……


「分かっているだろうが、今の姫は、『お前のよく知る』アリーシャだ」

ビクリと肩を震わせるユーデリカ――自分がそれに一役買わされたことは気づい
ているのだ

「ここで我々が手を出せば――逃げ出した『姫』は、もはやお前の元へも帰って
はこないだろうな」

ここにいる――それだけで、アリーシャには、お前も己を貪るものの一人だから
な


震えているユーデリカ――それでも、ファズがこれだけ余裕を見せるのは、なに
かまだ手段があるからだ

縋る思いでファズの言葉を待つ

「あれは今、痛みそのものを悦びと感じている――それは間違いだということを、
お前が教えてやればいい」

「――どうすればいいの?」

「口で言ったとて、今のあれには届くまい――何しろ傷から蜜油が染み込んでい
くのだからな」

――その舌で、姫の身体から蜜を舐め取れ


ユーデリカは目を瞬かせて――意味を理解してから、猛然と食って掛かろうと―
―

「断ると言うなら、私のやり方でやらせてもらおう 確かに壊してしまうのは惜
しいが――」

――なに、人形には人形の楽しみ方がある


言葉を呑むユーデリカ――手札の数が違いすぎる これでは勝負にすらならない

「どうした? やらんのか?」

「っ! やりますっ!」

「結構 だが、それだけでは面白くないな」

言いながら、上着の隠しから瀟洒な砂時計を取り出す――アリーシャを責めなが
ら、幾度も使ってきたものだ
芝居がかった仕草で、砂時計をユーデリカの目の前で揺らす

「制限時間は10分だ」

「じゅ――っ そんなのって!」

「もう始まっているぞ――それとも主とは言え、舐めるような下品な真似はした
くないか?」

「――――!!」

射抜くような視線をファズに叩きつけてから、ユーデリカは素早く身を翻した
怒りが一気に彼女を燃え上がらせたようだ


――これでいい


ファズの――男たちの目が、歪んだ期待に輝いた


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