魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part14
Simon


アリーシャの肩に掛けられていた薄紅色の紗のローブは、マドゥの手によってそ
っと脱がされ
僅かに残された小さな布地は、優美な肢体を隠すどころか、さらに強調している
ようにさえ見えた
見慣れているはずの男たちの間からも、思わず感嘆の溜息が漏れる

アリーシャはその美貌に微かに戸惑いの色を浮かべ、男たちとユーデリカの間で
視線を彷徨わせている

ギニーの手から受け取った白い手袋に指を通しながら、ファズはほくそえんだ
俯いたままのユーデリカは、今自分が果たしている役目に――主にとどめを刺そ
うとしている自分自身に、まだ気づいていないのだ



陵辱と日常――無数の亀裂を生じながらも、アリーシャの心の中で、辛うじて狂
気と正気を隔てていた壁
だが今『ユーデリカ』が――アリーシャの『日常』が、淫虐の舞台に登場してし
まった

――アリーシャの『日常』が、『陵辱』に飲み込まれる

――水は器に従い、器は水に合わせて揺れる――
『器』がお前を裏切った今、もはやそれを拒むことはできまいよ……



ユーデリカ――
ここまで追い詰められていなければ――聡明なお前のことだ――アリーシャが連
れて来られる前に、舌を噛んでいただろうな
死んだユーデリカは、もはや『ユーデリカ』ではない
それが姫の心を守る唯一の方法だったろう

だが、今となってはそれも遅い
姫はお前を『見て』しまったのだから

ほら――お前が必死になって護り、支えてきた、『素顔の』アリーシャがここに
居るぞ
今お前が死ねば、姫の心は、姫自らの肉欲に引き裂かれ、粉々に打ち砕かれるだ
ろうな――

うん?――どうしたユーデリカ
顔色が悪いじゃないか
汗もそんなにいっぱいかいて

今から、お前がずっと知りたがっていたこと――お前のいないところで、姫がど
んな目に遭っていたか、たっぷりと見せてあげよう

――頑張って、姫の心を護ってくれよ





――何? ちょっと待って――何でアリーシャ様が……

耳のすぐ横に心臓があるみたいにドクドクと鳴り響いて、煩くて頭が回らない

一瞬ファズと目が合った――嘲笑と憐れみの入り混じった……

ガンッ!――頭を殴られたような衝撃――アタシはファズの狙いを『読み取らさ
れた』!

ファズ――キサマ……なんてことを!

わからない…分からない!――狙っていることは分かっているのに――止めなく
ちゃいけないのに!――何をするつもりなのか、全然分からない!

だから――――止めることができない!

ファズの手の中の壷――アレを壊せばいいの?――それとも……アタシがそう思
うのも計算の内なの?――アタシは本当に、ここにいていいの?――ファズの中
でアタシはどんな役を振られているの!

凍りついた舌、空回りする思考――ユーデリカは金縛りにあったように身動き一
つ取れなくなってしまった



「――この蜜油は、原液で使うには少々強力すぎてね、今までは使用を控えてい
たんだが……」

――今日はユーデリカが協力してくれるからね



唇を噛み締める――でも……動けないのだ

ファズが哂う――縛られているのだから、動けないのはしょうがない――と

胸に突き刺さる嘲笑

――よかったな、言い逃れができて

お前の足は――声は、何のためのものなのかな?

――まったく……よくできた侍女もいたものだ

視線に込められた悪意という猛毒が、ユーデリカを打ちのめした



手袋をつけた指で、蜜油を掬い上げる

「きっと、姫も気に入ってくれると思うよ――始めは少し冷たいかもしれないが
――」

――ペトリ……ヌルゥ…

アリーシャの鎖骨をなぞるように、蜜に塗れたファズの指がきめ細やかな肌の上
を滑っていく

――すぐに気持ちよくなるからね

――ペト……トロ…リ…――ヌチュ……



――冷たくて、くすぐったい――

……ユーディ――わたくしは、このままでいいの?――いつもと何かが違う――
いつもってなに?――

――トクトクトク――

なんだか……暑い……

ユーディ――どうして何も言ってくれないのかしら?――

――トクトクトク――ドクッ――

塗り広げられていく蜜の感触が――少しずつ違うものに変わっていく

知らないのに、知っている――どうして?――どうしてユーディがいるのに……
暑くなるの?

「――あ、あの……わたくしは……」

「いいんですよ、姫――」

――フニュゥ…

アリーシャの右の胸に、ファズの掌が張り付いた

「――今日は『貴女』にお相手して頂くんですからね」

――フヨッ――フニュ――フニフニ――

優しく食いこむ指――羽のように柔らかく――あぁ……奥歯が痺れてくる――声
が……



アリーシャが崩れていくのを、ユーデリカはただ愕然と見詰めていた





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