リレー小説2『魔戦姫伝説』


 第1話 サーヤの初陣.最終回.2
山本昭乃

 

「プリンセス・チャアァァァァジッ!!」
 
 光となったふたりの侍女が、サーヤの肉体に付着した汗や精液を、みるみるうちに洗い
流していく。
「姫さま、行きまあす!」 リンが、サーヤの体を覆うようにして実体化していく。
 まずは腰を包む、シルクサテンにレースをあしらったドロワース。次に靴とソックスが
両足を、純白のサテングローブが両腕を優しく包んだ。
 サーヤが、すうと息を吐く。細くなったウエストを、コルセットが締め上げ、ビスチェ
が胸を補整する。その次はペチコート。一枚また一枚と重ねられるごとに、サーヤの腰か
ら下はボリュームを増し、全裸の少女は童話の世界のお姫様へと近づいていく。
「にい、しい、ろく、はち、じゅう、じゅうにっ、これで最後ぉっ!!」
 白やピンクのペチコートの上に、最後に重ねられたのは、目の覚めるような深い青のサ
テンドレス。胸元、腰、スカートには、純白の大きなリボン。肩には大きなパフスリー
ブ。最後に、胸のリボンの中央に、紅い円形の宝玉が実体化し、最初に着ていたドレスと
は逆の、高貴さ、近寄りがたさにあふれるドレスが完成した。
 同時にベスも、サーヤ全体を覆う螺旋を左手に集束させ、銀のブレスレットへと像を結
んだ。
 サーヤの胸元の宝石が光り、リンの顔が浮かぶ。
「チャージアップ、完了っ! 姫さま、せんぱい、あたし、ともに、コンディション、
オールグリーンっ!!」
 ブレスレットも光る。「敵集団をロックオン。頭目をターゲット01、その他を右から
順に02から08とナンバリング。戦力レベルはすべてBOTTOM(最低)。我々に損害を
与えうる、武装および能力者の存在は、いっさい確認できません」
「わかりました」 サーヤはうなずくと、汚らしい賊たちへと視線を移し、口を開いた。
「お待たせしました」

「な、なにやってやがるっ?!」 錯乱しながらも、ゴングが手下たちを叱咤する。
「あ、あいては丸腰じゃねえかあっ!! さ、さっさと殺っちめえっ!!」
 手下たちが、思い出したようにのろのろとサーヤを包囲し、じりじり、というより、や
はりのろのろと距離を詰めていく。その中のひとりが飛び出した。
「う、うわああぁぁぁぁぁっ!!」 恐怖心むき出しで、刀を突き出して突っ込む。
 サーヤは動じることなく、ブレスレットをつかんで引きちぎる。彼女の腕の中で、細い
鎖状のブレスレットが、みるみるうちに膨張、伸長し、漆黒の長剣へと変わった。男は、
目の前に突然現れた剣にみずから突っ込むようにして、ぐさりと貫かれた。
「ぎゃああああああああっ」
 男を貫いて完成する漆黒の刀身。それにやや遅れて、光の文様が根元から切っ先へと刻
まれていく。刀身が告げる「ソウルバインダー、アクティブ。タイムリミットは120秒
で行きます」
「ああああああっっ!!」 ぶざまに泣き叫ぶ三下。サーヤと目が合った。
「ひぃっ?!」 深い、憎悪をたたえたその瞳、それが、巨大な剣に肉体を貫かれた痛覚
と相まって、男の恐怖を増大させる。
 死んでしまいてえ.. 男は心底そう思った。だが彼に、自分の生死を決める権利など
ない。
「・・・・」
 巨大な、人間では持ち上げるのも困難そうな長剣を、サーヤは軽々と振り上げた。男の
体がバターのように易々と切り裂かれて倒れる。
 真上に振り上げられた長剣、その刃渡りは優に彼女の身長を超えている。切っ先が洞窟
の天井に突き刺さるが、意に介さず、一気に降り払う。
「はあぁぁっ!!」
 巻き起こった剣風に、ドレスがぶわりと揺れ、純白のリボンがちぎられんばかりにはた
めく。魔力を帯びた剣圧が、居並ぶ手下どもをなぎ払い、首を、上半身を切りちぎり、
残った下半身を押し倒す。切り飛ばされた上半身は、血や臓物をぶちまけながら紙くずの
ようにくるくると舞い上がり、失速し、壁や地べたに激突した。
 普通の人間であれば、とっくに即死である。だが、
「ぎゃあああっ!! いてえっ、いてえよおおおっ!!」
「おれの首がぁぁっ!! 胴体があああぁぁぁぁっ?!」
 首だけになった男が泣きわめく。上半身だけになった三下が、内蔵を引きずりながら逃
げまどう。残された胴体や下半身も、トカゲのしっぽのようにばたばたと醜態をさらす。
「ソウルバインダー、ターゲット02、03、05、07、08に命中。死滅まで、あと
108秒。残り目標数、3」
 刀身に刻まれた紋様は拘束呪法「ソウルバインダー」 これを刻まれた者は、一定時間
のあいだ魂を肉体に束縛され、たとえその身を千のかけらに引き裂かれようとも、死を許
されない。
 サーヤは、醜くのたうち回る賊たちを静かに見渡した。ひとりと目が合った。
「た、たすけ..」 「よかった..」 「??!」
 姫君は力強くうなずいた。「わたしたちは確かに、強くなりました..!!」
 サーヤたちの思惑通り、盗賊どもは彼女らを襲い、操られるがままに犯し続け、正気を
保つぎりぎりまで精を搾取され続けた。サーヤはその途中、力に不慣れなこともあってひ
とりを衰弱死させたが、賊どもは終始笑いながら、サーヤを凌辱し続けていた。
 それが今、彼らは体をバラバラにちぎられ、ぎゃあぎゃあ泣きわめきながらのたうち
回っている。
 無傷の者たちも、完全に戦意を喪失し、恐怖に震えていた。
 サーヤは、今の自分の力をその目で確認し、あらためて自信を深めた。
 だが、憎い敵はまだ残っている。
 顔を上げ、残りの者たちに向けてゆっくりと歩き出した。血や臓物で真っ赤に彩られた
広間を、青いドレスの姫君が進む。
「ひっ、ひいいいぃぃっ!!」「にげろおおぉぉぉっ!!」
 ふたりの三下どもが、武器を放り、かしらを見捨てて、左右に別れて逃げる。だが、
サーヤとすれ違う瞬間、リンが叫ぶ「逃がさない!!」
 肩のリボンがしゅるっと伸びて、ふたりの首に巻き付く。巨人に捕まったかのように、
ふたりの体が宙に浮かんだ。
「ぐぐぐぅぅぅっ!!」「げえぇぇぇぇ?!」
 リンは右側の男をよく覚えていた。
「あたしたちのお弁当を踏んづけたのは、お前だったよね?」 宝珠の中の少女が、右手
にじわじわと力を込める。 同時に、右のリボンが強く、ゆっくりと絞まる。
「がっ、が、がはあああぁぁぁっ!!」
「せっかくふたりで作ったのに、ねえ、せんぱい?」 にっこり笑いながら、リンが話を
振る。
「昼食を食事前に壊されるのも予測範囲内でしたが、やはり食べ物は粗末に扱うものでは
ありませんね」 表情一つ変えずにベスが応じる。
 サーヤも残念そうにため息をついた。
「わたしも楽しみにしていましたのに..  ...いいわ、おやりなさい」
 許しを得て、リンが右手と、ついでに左手にも力を込めた。
 みしっ、みしっ、みしみしみしみしみしみし....
「えへへ..」 リンが控えめに笑う。彼女もれっきとしたメイド。主人の手前、抑える
べきところはきちんと抑える。
 それに、これから先、楽しむ機会はいくらでもあるのだ。
「がぁ..がぁぁ.. っ! っっっ!!」 ばきっ。
 男どもの首の骨が砕け、不自然な方向にぐにゃりと曲がり、そのまま動かなくなった。
 だがリンは力をゆるめない。手料理を踏みにじり、姫を辱めた者への憎悪、それが転じ
ての快楽殺人衝動、そして、姫にいいところを見せたいという、かわいらしい功名心が、
みじめな死骸どもをさらに責めなぶる。
 めりっ、めりっ、めりめりめりめりめりめり.... ぶちっ
 死体の首がちぎれ、胴体とともにぼてぼてと地面に転がった。リボンが優雅な軌跡を描
いて定位置へと戻る。サーヤはリンの労をねぎらうように、宝珠を優しくなでた。
「リン..」 「えへへっ」 「残りターゲット数、1。サーヤ様、ご本懐を」
「ひいぃぃぃっ!!」 残りもの呼ばわりされた、かしらのゴングが悲鳴をあげた。サー
ヤがそこに向かってまっすぐに歩を進める。
「ソウルバインダー、死滅リミットまで、あと10、9、8..」 ベスが機械的にカウ
ントをはじめる。
「い、いやだああぁっ!!」「死にたくねえよおぉぉぉぉっ!!」
 首や上半身だけになっても、なおも死にたくないとわめく汚物たちを、ベスたちはこの
上もなく汚らわしいと思った。
「3、2、1、ナウ」

 ぴたり、と悲鳴が止んだ。
 
「お..おい..」 ゴングが間抜けな声をしぼり出す。だが誰の返事も返ってこない。
 サーヤの足音と、豪奢なドレスの衣ずれの音だけが、彼に近づいていた。
「・・・・・・」 ゴングは、盗賊のかしらは、ふいに心細くなった。さびしさと恐怖が
混じり合った時、彼は地面にへばりついていた。
 土下座、とサーヤたちが理解するのに、数瞬かかった。
「たのむ.. 助けてくれ..!!」
「?!」 思わずサーヤは足を止めた。
「こ、このとおりだっ!! もう悪さはしねえから、助けてくれよおぉっ!!」
「こいつ..!!」 「いまさら..」 「待ちなさい」 怒りに駆られるふたりを、
サーヤが制した。
「お立ちなさい」 サーヤは静かに口を開いた。「あなたも無名とはいえ、一軍を率いる
者。立ち上がって、潔く戦って果ててはどうですか?」
「たのむ、助けてくれぇぇぇ..」 声がどんどん弱々しくなっていく。
「わたくしたちは、あなたの手下を皆殺しにしたのです」
 皆殺し、という言葉に反応して、ゴングの体ががたがた震え出した。
「わたくしたちに挑んで、敵を討とうとは思わないのですか?」
「し、知らねえっ! あんな奴ら知るもんかあぁっ!! お願いだあっ! おれの命だけ
は助けてくれよぉっっ!!」
 ゴングの頭の下で、じゃりじゃりと音がした。おそらく、額を地面にこすりつけている
のだろう。
「....!!」 サーヤの切っ先が、拳が、ぶるぶると震えた。
 自分たちは、こんな情けない人間に、簡単に泣いて命ごいをするようなつまらない輩に
殺されたというのか?!
 こんな者たちのせいで、こんな者たちのせいで....!!
「立ちなさいっ!!」 サーヤが叫ぶ。同時に、小さくうずくまっていたゴングが、ぎく
しゃくと立ち上がる。
「か、からだが勝手に..?!」
「あなたの汚らしいものに触れた時、服従の呪文を刻みつけておきました!!」
「な?!」 ゴングの顔が真っ白になった。
 サーヤたちは、一味にさらわれたその日のうちに、その気になればいつでも皆殺しにで
きる準備を完成させていたのである。それでもなお、サーヤは侍女たちだけは助けてくれ
と懇願しつづけた。そのたびに賊たちは、彼女をあざ笑いつづけた。
 そんな自分が助かる見込みなど.. 小心者の盗賊のかしらは、そこから先を考えるの
を、恐くなってやめた。
「ベス! リン! 一気に止めを刺します!!」 
 ティアラの宝石が真っ赤に輝き、サーヤから発せられる熱気がペチコート内の空気を膨
張させ、ドレスのボリュームがひと回りもふた回りも膨らんでいく。
 サーヤは長剣を逆手に持ち替え、左手でドレスをつまみ上げた。
 ゴングは自らの意志に反して刀を腰だめに構え、部屋の隅まであとずさりすると、サー
ヤに向けて全力で走り出した。
「いやだああああぁぁぁぁぁっ!!!」
 涙と鼻水をまき散らしながら、人間の姿をした汚物が美しい姫君に突っ込む。サーヤは
軽やかに突進をかわしざま、長剣で首を斬り飛ばし、その勢いで一回転。
 ふわり。 右手に剣、左手にドレスの端をつかんで回る姫君は、スローで見ればさぞ優
雅であったに違いない。
「はあぁぁぁぁっ!!」
 一回転の勢いをつけたまま、サーヤは剣を振り上げ、落ちてきた首をさらに真っ二つに
切り裂いた。
 
 ゴングは見た。
 首のない自分の体が、火柱と化してサーヤの横を走りすぎ、壁に刀を突き刺した間抜け
な姿勢のまま炎上する、その姿を。
(お..おれのからだが...)
 ゴングはこう叫ぼうと口を開いた。その口を、巨大な鉄剣が叩き割った。


「全ターゲットの死滅を確認。サーヤ様、おめでとうございます」
「おめでとうございます、サーヤさまっ!!」
「ありがとう。みんな本当に、ありがとう..」



前のページへ 次のページへ
BACK