リレー小説2『魔戦姫伝説』


 第1話 サーヤの初陣.1
山本昭乃

 少女はかつて、姫と呼ばれていた。
 だが、今の彼女は、その身分を示す物を何ひとつ身に着けてはいない。
 今の彼女が身に着けているのは、醜い男たちの汚らわしい体液。
 そして今の居場所はお城ではなく、うす暗い山の中。

 少女たちの住む王国は治安が高い事で知られていたが、それが仇になった。
 わずかな護衛しか連れずにピクニックに出かけた彼女らは、この地で「仕事」を始めた
山賊団の最初の「獲物」となった。
 護衛たちは皆殺しにされ、姫と侍女たちは暴行された挙げ句、山中にボロクズのように
捨てられた。

 度重なる凌辱の末に、姫の痛覚は心身両面ともに麻痺し、彼女は放心したまま、冷たい
地面に身を横たえていた。
 傍らですすり泣く声が聞こえて、姫は声の方に顔を向けた。
 妹のように可愛がっていた侍女が、両手を顔に当てて、泣きじゃくっている。
 いつも明るい笑顔を絶やさず、皆をなごませて来た彼女が、泣いている。
 姫はゆっくり体を起こすと、侍女のもとに体を引きずり、彼女を深く抱きしめた。
「えぐっ、ひぐっ。ひめさまぁぁっ!!」
 侍女の泣き声が大きくなり、彼女も力いっぱい姫を抱きしめる。
 ふたりの体に付着した体液がこすれあい、不快な音を立てるが、ふたりはかまわなかっ
た。
「ごめんなさい、私が、ピクニックに行こうなんて言い出すから、こんな事に..」
 抱きしめた侍女が、ちがうちがうと首を振る。
「そうです、姫様が悪いわけではありません」
 後から声が聞こえ、もうひとりの侍女が、姫の背中を抱きしめる。
「いちばん悪いのは、彼らです」
 ふたりと同じ恥辱を味わってきたにもかかわらず、ふたりよりも年上の彼女は、なおも
気丈に振る舞い、彼女らを元気づけようとしていた。
 ふだん小言が多い彼女を、ときに疎ましく思った事を、姫は後悔した。
「ごめんなさい..ありがとう..」
「いいんです..」
 姫の感覚が徐々によみがえり、彼女は、ふたりが抱きしめた手を離さない理由に気がつ
いた。
 寒い。
 春とはいえ、山の中ともなれば、全裸の少女たちが一晩を生き抜くなど、不可能に近い。
「あなたたち!?」
「だいじょうぶ、こうしていれば、姫様だけでも助かるでしょう」年上の侍女が笑う。
「最後のご奉公、になるのかな? せんぱい」いつもは明るい彼女も、静かに笑う。
「そうかもしれませんね」
「・・・・・・」
 この地獄のような状況下でなお、自分に尽くしてくれる侍女たち。
 彼女らの優しさを文字どおり肌で感じながら、姫の中である感情が目覚めた。
 彼女の体がブルブルと震え出す。
「だいじょうぶ。私たちが.. 姫様?!」
 姫の震えは徐々に激しくなり、ビクンッ、ビクンッ、背中が反り返る。
 そして全身から声を絞り出した。
「ゆるせない..」
「姫さま?!」
 自分だけでない。自分にここまで尽くしてくれる侍女たちを、めちゃめちゃに踏みにじ
った者たちを、許せない。絶対に。
「あ、あ、あ、ああああああぁぁぁぁっぁぁっ!!」
 姫は声の限りに叫んだ。それは、生まれて初めて抱いた、怒りと憎しみの感情の発露。
 力が欲しい。どんな悪者にも負けない力が。
 もしそれがかなうのなら、悪魔に魂を売り渡してもかまわない!!

 その声は聞き届けられた。

「その願い、かなえてさしあげましょう」
 姫と侍女たちの頭の中に、女性の声が優しく響いた。
 驚いて辺りを見わたした彼女らの目は、一点でくぎづけになった。
 ひとりの女性が、薄紫の光に包まれて、宙に浮かんでいる。
 気品に満ちたその表情、身にまとうドレスは、一見して彼女を、どこかの姫君か女王で
あるかのように思わせた。
 だがそれ以上に目を引いたのは、背中にある巨大な翼。
「あなたは..神さま..?」かすれた声で姫はたずねた。
「いいえ」女性は静かに首を振り、彼女らを見据えた。
「あなたは、いえ、あなたたちは望んだはずです。力が欲しいと。
 そして、このわたくしを呼んだはずです」
 黒雲が流れ、青白い月明かりが大地を、女性の姿を照らし出す。
 闇のように黒いドレス、血のように紅い瞳、唇、そして翼。
 彼女はまさに、姫たちが望んだ存在に他ならなかった。



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