魔戦姫伝説(スノウホワイト・白哀の魔戦姫)


  第4話  悲痛な決断と卑劣な罠
ムーンライズ

 クロスボウで撃たれた祖父の姿を見て、シャーロッテ姫は叫ぶ。
 「あ、ああ・・・お爺さまーっ!!」
 思わず駆け寄ろうとするが、アブドラが立ち塞がり、邪悪に笑った。
 「ブッフッフ〜。ジジィを助けたいか?だったら大人しくするんだなぁ〜。」
 「そ、そんな・・・」
 足が萎縮して動かない・・・恐怖の余り、身体がガタガタと震える・・・
 逃げられない・・・逃げてはいけない・・・逃げたらお爺様が・・・
 恐怖を堪えて踏み止まるシャーロッテ姫を見て、シュレイダー領主は叫んだ。
 「わ、私に構うな・・・早く逃げるんだーっ。」
 「でも・・・そんな・・・お爺様を見捨てるなんてできませんわ・・・」
 動けないシャーロッテ姫の前に、冷酷な悪魔が姿を見せた。
 気取った仕草でヒゲを撫でながら現れた悪魔・・・青ひげ男爵が・・・
 「フフフ・・・シュレイダー領主と民達の命は私達が握っています。私達の命令に従わ
なければ、全員の命はありませんよ?」
 男爵は、城の中庭を指差した。そこには、大勢の民や使用人が集められ、銃を突きつけ
られて脅されていた。
 その民達に、恐ろしい怪物が襲いかかってきた!!
 「うがおおお〜っ!!」
 凄まじい雄叫びをあげ、身長2m以上、体重300kgはあろう巨人が乱入し、民を次
々殴り倒す。
 「た、たすけてぇーっ!!」
 「ぎゃあああーっ!!」
 叫び声が中庭に響き、木の葉のように殴り飛ばされる人々・・・老若男女の境なく、狂
った巨人は人々を餌食にする。
 それは一方的な虐殺以外なにものでもなかった。このままでは、全ての人々が狂った巨
人の餌食になってしまう・・・
 「もうやめてーっ!!言う事を聞きますからーっ!!」
 シャーロッテ姫の絶叫が響き、巨人はようやく暴走を止めた。
 その様子に満足そうな顔を見せた青ひげ男爵は、ニヤニヤ笑いながらシャーロッテ姫に
歩み寄る。
 「そうそう、言う事を聞いてくれれば、私達は手荒な真似は致しませんよ。では白雪姫、
命令に従ってもらいましょうか。」
 もはや選択肢はなかった。これ以上犠牲者を増やす訳にはいかない・・・
 逆らう術のないシャーロッテ姫は、唇を震わせて尋ねる。
 「あ、あなた達の要求は金品と私ですね・・・その命令に従いますわ・・・その代わり、
民達には手を出さないと誓ってくれますか・・・?」
 気丈な態度で望むシャーロッテ姫に、アブドラが歓喜の声を上げる。
 「ブヒャヒャ〜ッ。可愛い顔してるくせに気丈なお姫様だ、気に入ったぜ〜っ。」
 下品な笑い声がシャーロッテ姫の心を苛む。
 金品と、そして・・・自分を要求している・・・このケダモノどもが、自分に何を求め
ているか、それは明白だった。
 そう、嬲り者にするつもりだ・・・
 しかし、人々に愛されて生きてきた純真な姫君にとって、(嬲り者)にされる事の状況
など知る由もない。
 迫り来る凄まじい恐怖に、全身の神経は悲鳴を上げる。
 それでも、民を救うため、そして愛する祖父を救うため・・・シャーロッテ姫は、血に
飢えたケダモノどもに自身の身体を提供する決心をした。
 恐る恐る、略奪者達に歩み寄るシャーロッテ姫。すると、先ほどまで泣き叫んでいたド
ワーフ隊の子供達が、シャーロッテ姫を行かせまいと縋り付く。
 「ひめさまーっ、行っちゃやだぁーっ。あいつら、姫さまをイジメる気だよぉ!?」
 「あなた達・・・ごめんなさい・・・こうしないと、お爺様や街のみんながイジメられ
るの・・・わかってちょうだい。」
 「えーん、えーん。」
 泣きじゃくるドワーフ達の様子に、アブドラは怪訝な顔をする。
 「チッ、くそガキどもが・・・捻り潰してやるっ。」
 ゲンコツを振り上げようとしたアブドラを、いきなり青ひげ男爵が制する。
 「まちなさいっ、君の出る幕ではありません。」
 「はあ・・・だ、男爵様、どーゆー事です・・・あ?」
 青ひげの顔を見たアブドラが声を失う。青ひげの目が激しい欲望に滾っているのだ。
 恍惚とした視線の先には・・・怯えるドワーフ達の姿があった。
 「おお〜、なんと可愛い男の子達だ・・・アブドラ君、この少年達も人質として連れて
行きなさい。ただし、傷1つつけてはなりませんよ、いいですね?」
 「へ、へえ・・・それはいいですけど・・・」
 その時、アブドラの脳裏に恐ろしい青ひげの実態が過った。
 (また男爵様の悪い癖が始まった・・・)
 狂暴なアブドラをも恐れさす青ひげ男爵の(悪い癖)とは・・・
 だが、今はそんな事はどうでも良かった。速やかに手下に命令を下すアブドラ。
 「おい、白雪姫とガキを連れて行け。」
 「へい、合点ですボス。」
 数人の手下どもが、シャーロッテ姫とドワーフ達に迫る。
 「さあ、大人しくしてもらおーか。」
 「わ、わかりましたわ・・・」
 後ろ手に縄で縛られるシャーロッテ姫は、負傷して倒れている祖父に目を向ける。
 「お爺様・・・死なないで・・・」
 「ううっ、行ってはダメだ・・・シャーロッテーッ!!」
 「お爺さまーっ!!」
 2人の叫びも空しく、無理やりに引き離されてしまった。
 そして城の外へと連行されるシャーロッテ姫とドワーフ達・・・
 城の外では、街の金品を根こそぎ略奪した手下達が待っていた。
 ボロボロにされた街の人々は、縄で縛られ、連れて行かれるシャーロッテ姫の悲壮な姿
を見て絶句した。
 「あ、ああ・・・ひ、姫さま・・・なんて事に・・・」
 涙を流す人々を見たシャーロッテ姫は、心配かけまいと笑顔を作って訴えた。
 「・・・心配なさらないでください。私は大丈夫です、必ず・・・無事に帰ってきます
わ・・・」
 [姫さま・・・」
 無事に帰る・・・それは余りにも絶望的な事であった。しかし、自分が人質にならねば、
民達の命はない。
 悲壮な決意をもって絶望に身を委ねんとするシャーロッテ姫に、民達は涙を流すしかな
かった・・・
 略奪を終えた事を確認した青ひげ男爵は、手下の1人に小声で耳打ちする。
 「街の連中がドイツ正規軍に我々の事をタレこんではまずい、一人残らず始末してしま
いなさい。」
 「わかりました。」
 そんな恐ろしい会話が交わされているとも知らず、シャーロッテ姫とドワーフ達は荷車
に放りこまれて連れ去られた。
 そして・・・青ひげ男爵は去り際に、悪魔の嘲笑を浮べて民達に向き直った。
 「それではバーゼンブルグの皆さん、これでお別れしますよ。永遠にね・・・」
 そして・・・手下達の銃口から非情の弾丸が放たれた・・・
 
 狭い荷台に閉じ込められたシャーロッテ姫は、いくら凶悪な青ひげであろうとも、まさ
か街の人々を皆殺しになどしないと思っていた。
 
 ――自分が人質になったのだから、約束は守られるはず・・・
 
 今まで人を疑う事の全くなかったシャーロッテ姫。裏切られた事など一度もなかった白
雪姫・・・
 
 漆黒の闇夜の中を連れて行かれるシャーロッテ姫に、残された人々の断末魔は聞こえな
かった・・・



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