淫虐の罠(第1話)2


 オルフェ王子を迎えたオラン公国ではもう一つの養子縁組みがあった。本来であればオ
ルフェが新しい妻をめとって、この国の王となるのが道筋であるが。オルフェはオーロラ
が唯一無二の妻と、新しい縁組みには断固として応じなかったため。グランデル国王が、
オルフェの妹第二王女ファミーユを養子としてオラン公国に送り出した。ファミューユが
夫をめとり、あるいは嫁いだおりに、その男子を一人オラン公国の跡継ぎとする。そうす
ればオラン公国の王の血筋は絶えることが無くなるからである。

ファミーユ姫を迎えたオランの人々はその姿を見て仰天した。長く伸びたブロンドの髪。
理知的な要望。顔かたちは似ているわけではないが、その姿は、まるでオーロラ姫の再来
と国中話題になった。
 オーロラ姫と違うところと言えば、多少おてんばで、オルフェ王子の乗る馬に相乗りし
たりするところだろうか。夕げに、二人の相乗りの姿を見つけた民達は、オーロラ姫が幸
せな伴侶を迎え楽しそうに暮らす姿をだぶらせて見たとしても無理はなかった。
 ファミーユ姫もオランでの暮らしを楽しんでいた。大国グランデルのように厳めしくも
なく、おおらかな小国の暮らしに少しづつ馴染んでいった。
 それは、なにより、大好きな兄オルフェとの生活がそうさせていたのだろう。
 ファミーユは、兄オルフェを密かにしたっていた。兄妹ゆえ決して表だっては言えぬも
のの、決してオーロラ姫には劣らぬほど、オルフェを思っていたのである。

時を同じくオラン公国の皇室より、侍女の一人がいとまを告げていた。オーロラ姫付きの
侍女の一人コニーは、死亡した二人の侍女とともに姫の身の回りを担当していた娘だ。
  国に出入りする他国の商人の一人に見初められ嫁入りすることとなったからである。
 コニーはオーロラ姫と年回りも同じくらい、歳の離れた他の二人と違い、気安く相談を
受ける身でもあった。コニーもともに船に乗船し、オーロラ姫とともにグランデイアへ向
かうはずだったのだが、たまたま風邪をこじらせ、乗船はしなかったのである。
「私申し訳なくって・・・・」
「なにがだ?」
 城からわずかながらの身の回りのものと、国王からの祝いの品をかかえて、裏門から出
ようとするコニー。ソレほどの荷物ではないのだが、小柄なこの娘には大変と思ったのか、
親衛隊の女兵士トパーズが馬をひいて荷物を持ってやっていた。
「私のことなど気にしなくてもいい。これはオルフェ国王からの命でもあるしな」
「いえ・・・・それもですが」
 コニーはそこまで言うと口をつぐんでしまった。その様子に、トパーズは全てを察し。
「お前一人が助かったからと言うのか?」
「・・・姫様をお守りできなかったこと・・・」
「それは、わたしとて同じだ。女兵士である私は、船に乗ることさえ許されなかったのだ
から・・・」
 トパーズはそう言うと自慢の漆黒の髪をたくし上げた。
 トパーズもまた、親衛隊として長く姫に仕えた身である。健康的にすらりと伸びた手足、
色白の肌、長い髪を、後ろで留めている。親衛隊故実戦経験はあまりないが、剣術の腕前
はかなりのものである。
 もし船に乗っていれば、むざむざ海賊達に姫を奪われることなど無かっただろうに。
 そう思うといたたまれなかった。
「それなのに私にはこのように施しをいただけるなんて・・・」
「お前には姫の分まで幸せになって欲しい。国王様はそうおっしゃっておられたぞ」
「・・・・・・」
 幼いころよりまるで兄弟のように育てられたコニーには、大公も同じように愛情を注い
でいたようだ。このような不幸な出来事のあとでも、配下に対する思いやりを持った大公
に、二人は尊敬の念を禁じえなかった。

コニーを迎える商人の馬車は町外れでコニーを待っていた。城に直接迎えに来てもよいと
いう許しは出ていたのだが、姫の喪中ということもあって、本人達が遠慮したのだ。
 コニーの伴侶となる商人は人の良さそうな男だった。決して裕福とは言えないが、つつ
ましい暮らしであれば、一生添い遂げられると考えていたのだろう。コニーのあいてとし
て充分な男。
トパーズはこの商人をみて感じた。
「国境まで送ろう」
 トパーズは馬に乗ると馬車の先頭に立った。  

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